天文はかせ幕下

フラット補正を改善する奇妙な方法(ただし光学系依存)

事の起こり

先日の弓張平でのM106の撮影で、LEDトレース台を忘れて現場でフラットが撮れませんでした。しかた無く、帰宅後にRASA11''にカメラを再度取り付けてフラット画像を取得しました。

それをつかってキャリブレーションをしてみますと補正が上手く行きません。こんなザマです

・・・これはダメかも分らんね。かのーぷすさんにトレース台借りればよかったなあ。

慰めを求めて「フラットが合わないよー」という趣旨のつぶやきをツイッターに書き込んだら、RASA使いの先輩、HUQさんが助けてくれました

あ!そうでした。

確かにカメラを取り付けなおしたときに、クルッと上下逆にしていたかもしれません。ならばフラットを撮りなおせばよいだけの問題です。でもめんどくさいなあ。とウダウダしていたら、サボりのひらめきがありました。

「カメラじゃなくて、マスターフラットを180°回してキャリブレーションしなおせば、いいんじゃね?」

やってみました

「ダメじゃん。」

でも待てよ? 上の二つの画像って、足して2で割ったら相殺しそうな明暗のパターンに見えます。やってみました:

うーん、惜しかった。

翌日にフラットを再取得することにして、この夜はふて寝しました。

撮りなおしても、微妙に合わない

翌日に再度カメラをRASAに取り付けてフラットを取得し、キャリブレーションした結果はこうでした。大幅に良くはなりましたが、まだ微妙に合いません。

慎重に取り付けなおしましたが、それでもカメラの位置が撮影時とズレてしまっていたためでしょう*1*2

それで、賢明な読者のみなさま方は話の続きがもうお分かりと存じます。マスターフラットを180°回して、またキャリブレーションをしてみました。

ちょうど反転した明暗のパターンになってますね。

両者を足し合わせば相殺しそうです。今回は1:2の割合で足し算したらちょうどよい感じになりました。

なぜフラット補正が改善したのか

上のような奇妙な方法でフラット補正が改善した理由を考えてみました。現時点での結論では、上の方法はかなり限定的な状況でのみ成り立つものと考えています。なので以下に示す方法は、かなり強く光学系に依存する話なのでご注意ください。

まず下の絵のようにLightフレームの輝度分布が中心対称になっていることが前提です(条件1)。

楕円は等輝度曲線を表しています。

このライトフレームに対して、フラットフレームの輝度分布の中心がズレていて、かつ回転しているとします(条件2)。「マスターフラット」と「180°反転したマスターフラット」ものは下の絵のような輝度分布になっているはずです。

それぞれのマスターフラットでキャリブレーションした結果は、フラット補正のズレが互いに180°反転しているので、両者を平均すればズレが打ち消し合い、近似的にフラットが合ったのだろうと考えています。あくまで近似的にです。

ちなみに、こちらはRASAのフラットです。

中心の輝度分布が扁平になっている部分をのぞけばだいたい中心対称になっています。これなら上手く行きそうです

対してこちらはチリに置いているR200ssのフラットです。

こちらはピークが右側に大きくずれています。これだと180°の反転でズレが打ち消し合うということが起こりえないので、上手く行きません。実際に試したらダメでした。

実際に前処理に取り入れる方法

上の方法は(条件1)と(条件2)が成立している場合のみ有効と思われ、汎用性は低いです。でも少なくとも我々のRASA11’’に関しては有効そうなので、これを前処理に導入する方法についてもメモしておきます。

 

上記の方法は、WBPPにそのままとり入れることができません。また、すべてマニュアルで前処理する場合は、それぞれのライトフレームにたいして個別にpixel Mathを適用する羽目になってしまい、これは現実的ではありません。

ちょっとウマイ方法は、次のように「補正したマスターフラット」を用意することです。つまり、元々の「マスターフラット」を f、「180°反転したマスターフラット」を f_{ref}としたら、Pixel Mathで

\dfrac{f\cdot f_{ref}}{f+f_{ref}}

という式を入力して得られた画像を、「補正したマスターフラット」として、WEBBに入力すればあげれば良いです。

なぜならライトフレームをLとすれば上に書いた2枚のライトフレームの平均は

 \dfrac{1}{2}\left( \dfrac{L}{f} + \dfrac{L}{f_{ref}} \right)

という計算をしているわけですが、これは

 \dfrac{L}{2\dfrac{f\cdot f_{ref}}{f+f_{ref}} }

と変形できるからです(WEBBのフラット補正で勝手にノーマライズされるので、係数の2は省略できます)。

実際には、「マスターフラット」と「180°反転したマスターフラット」でキャリブレーションした画像を適当な比でブレンドすることになるので、その重みをk>0とすれば、重み付きの「補正したマスターフラット」は、

\dfrac{f\cdot f_{ref}}{f+kf_{ref}}

です。kの値は結果を見ながら調整して、合わせこむことになります。

こんな方法、役に立つの?

(条件1)を満たす光学系に対して、(条件2)のようなことが起こる状況は、今回の

  • マスターフラットの撮りなおしによるカメラのズレ

以外にも

  • ライトフレーム撮影時と、フラットフレーム撮影時の鏡筒の撓みの違い
  • 撮影中に光軸が動いた
  • フラット光源が不均一だった

などありそうで、もしこういう状況になれば、上記の方法で近似的にフラット補正の精度を上げることができるかもしれません。今後さらに検証していく予定です。

 

あと、PixinsightのABE/DBE、最近加えられたGradient Correction(GC)などがあまりに優秀なので、こんな面倒なことしなくても良いのじゃないかという向きもあります。でもこれらのツールは、原則的には光害によるカブリを取り除く機能であって、無暗に使えば本来あるべきライトフレームの情報(淡い分子雲など)を取り除いてしまうことになります。なのでフラット補正の精度を上げる努力は常に行うべきで、ABE/DBE/GCがあるから、こういう方法を考えるのが無駄ということは無いのじゃないかなと思っています。

サムネ用



*1:望遠鏡の場合は、カメラと筒の位置関係を撮影時とまったく同じ位置関係にするのはほぼ不可能です。この辺りが、マウントがしっかりしているカメラと違って難しいところです。

*2:さらに悪いことに、RASAの補正板にマウントを取り付けるパーツがラジアル方向にクリアランスを持っていて、上下左右に1mmちょっと動きます。なので回転だけでなく中心もズレます。

弓張平でM106を撮影しました

4月の新月期は、山梨県の弓張平に出かけてM106を撮影しました。その顛末の報告です。

撮影地

弓張平公園は、月山のふもとにある美しい公園です。

標高は600mほどで、街灯のない広い駐車場があって天体写真撮影にもとても良いところです。高速道路のICがとても近くアクセス良好なのも嬉しい。

じつは、前回ここに来たのはもう5年以上前です。その時は見事な曇天に撮影を阻まれ、かのーぷすさんと一緒に雲を数時間眺めて撤収したのでした。盆地のような地形と湖が関係しているのか、どうも「雲が湧きやすい場所」というイメージがあります。

春休み最後の週末のこと。我々は熟慮を重ねた末に月山周辺の天候がベストと結論します。それで今回もかのーぷすさんと現地で落ち合う予定を立てました。ところが大事なことを見落としていたのです

「雪が積もっていて駐車場に入れません」

先発していた氏からDMで連絡が。なんと!4月だというのにアスファルトの駐車場まで根雪で埋め尽くされているとは・・・。地元の方にとってみれば「月山なんだから当たり前だろ」という話なのでしょうけど、数年つづく暖冬傾向にすっかり油断してました。

結局、除雪されていた建物わきの駐車スペースをかのーぷすさんが見つけてくれていて、何とか撮影できたという顛末です。

コチラが撮影地。南側が開けていて暗く、雪山と星空の対比がなかなか美しい場所でした。空はすこし霞んでいて、0時過ぎには曇ってしまい、撤収となりました。それでも4時間は露光できたので、良しとしましょう。

結果

コチラです。

around M106

Date: 2024-04-05
Location: Yumihari-daira, Yamagata, Jpn.
Optics: Celestron RASA11'', ASI2600mc & ASI2600mm
Exposure: 180s x 45f gain100 (OSC), 180s x 33f (Mono), total 3.9h
Processing: Pixinsight & Photoshop

黒潰れに気をつけながら、背景を暗くして星と銀河の色彩を際立たせることができたと思います。RASAでやってしまいがちな擬似スパイダーの光条のずれも見えませんよね。うまくいったと思います。

以下、今回の撮影方法や処理についてまとめておきます。

撮影方法

以前のエントリで書いたように、RASA11''での撮影では、撮影の途中にモノクロカメラとカラーカメラを交換する方法で、LRGB撮影をしています。

これは、対物側にカメラを取り付けるRASAの構造上、フィルターホイールが使えないために考えた苦肉の策です。

撮影の手順は以下の通りです:

  1. カラーカメラ(ASI2600MC)を取り付けて、ピント合わせ → 撮影(1時間〜2時間くらいを目安)。後のモノクロ撮影でUV-IRカットフィルターを使う場合は、あらかじめフィルタードロワーにフィルターを入れておくことで、カメラ交換時のピント移動を抑えます。
  2. 子午線反転のタイミングを目安に、モノクロカメラ(ASI2600MM)に交換。ピントは一応確認するだけ(これまでの経験ではカメラを交換してもピントは動かない)。できれば3時間くらい撮影したい。
  3. モノクロカメラを装着したまま、パネルの照明でフラット撮影。(おわり)
フラットはモノクロのみ取得

フラットフレームは、モノクロカメラでのみ撮影し、それをカラー画像とモノクロ画像の両方に適用することにしました。カメラを交換する前にカラーカメラのフラットを取得するのは避けています。夜中にパネルを発光させるのは眩しくてイヤなのと、遠征中の作業はなるべく最小限にとどめたいためです。モノクロのフラットさえあっていれば、カラーのフラットがずれていてもLRGB合成後の影響はそれほど大きくないという判断もありました。

なお、PixinsightのWBPPで、カラー画像に対してモノクロのマスターフラットが指定できないようでした。なのでキャリブレーションのみ、ImageCalibrationプロセスを使用してマニュアルで行っています。

ピントは意外に動かない

これまでこの方法で2回撮影を行っています。F2.2のRASAを使っているにも関わらず、カメラ交換の前後にピントの移動はなかったです(バーティノフマスクで確認してます)。これは嬉しい誤算で、撮影がだいぶん楽です。ただし、ピントは2台のカメラのバックフォーカスがどれくらいの精度で合致しているかにもよる話で、たまたまアタリだったのかもしれません。それともZWOの機材の精度がすばらしいのかも。

画像処理

前処理

カラー画像の処理では、PixinsightのWBPP内Post-Calibrationタブにある"Channels configuration"を以下の設定にしています。これによって、Integration後に出力される画像がカラー画像ではなく各R,G,Bチャンネルのモノクロ画像になります。

ちなみにこの機能は、昨年末くらいにPixinsightのフォーラムで議論されていて最近WBPPに実装されました。Debayer補間による画質の劣化を避け、各チャンネルを別々にアライメントすることで大気差や色収差の影響も補正できるのが大きなメリットです。じつはこの方法、そーなのかー氏が3年前にすでにやっていた方法と同じなんです

さすが!そ氏!あと、同じ方法をあぷらなーとさんも独立に思いついていたようです。さすが!あ氏!

上記によって、L,R,G,Bの4枚のマスターライトが得られるので、Weigjht Optimizerスクリプトを使ってウエイトを計算した後に、スタックして1枚のL画像を作ります。ただ最近WOスクリプトがエラーでうまく動きません。Pixinsightのフォーラムでもそのことが指摘されていて、現在対応中だそうです。WOを使わなくてもPSF Weightでスタックしてもある程度良い結果が得られます。

後処理

最近、後処理で悩むことが増えてきました。特に今回のM106のようなメジャーな対象で、自分なりの個性を出そうと欲張るために、ふと手が止まって何をして良いのか分からなくなってしまうのです

硬調に仕上げたい

それで今回は「硬調」な銀河の画像を目指しました。海外の作例で、背景をかなり強く切り詰めた画像を目にします。つねに「硬調」が良いわけではもちろんないですが、星や星雲の色彩が引き立つ効果を狙いました。

星沼会のカタログで、メンバーが撮影した系外銀河の画像を見てみると、背景の値は256階調で25〜35くらいが多く、その辺りが自然な落とし所だとおもいます。今回の画像では、20以下を目指します。

単に背景を切り詰めるだけでは不自然になることが多いです。おそらく背景ノイズやフラット補正の誤差で、輝度が落ちているピクセルが先に黒潰れしてしまうからでしょう。そうならないように十分に背景を整える必要があるわけですが

DeepSNRのノイズ処理

今回は(というか最近の画像処理では)以前紹介したノイズ処理プログラム ”DeepSNR” が良い仕事をしてくれました。

このプログラム、適用する画像の種類によって全く効かないことがあるからか、いまいち流行っていないような気がします。これまで色々試した結果、おそらく「1倍のDrizzleでスタックしたカラー画像」のみに効果を発揮するようです。モノクロ画像やDrizzleしてないカラー画像、2倍以上のDrizzle画像に適用しようよすると、上手く行きません。

このように使いにくい部分はあるのですが、DeepSNRが良いのは、NoiseXTerminatorやTopazDenoiseと違って、ノイズ処理にシャープ化が伴わない点です。思い切り強く適用しても、シャープ化のために星がギザギザになるということがなく、純粋にノイズだけを取り除いているように見えます。こちら適用例です

かなり良いように思います(公平な比較のためのパラメータ調整が面倒なので、NXTとの比較は載せませんが、この画像に適用した範囲ではDeepSNRのほうが良い結果に感じました)

おわりに

こんな感じに思いついたことすべて、だらだら書いてしまいました。最近、チリでの撮影に比較して、国内での遠征撮影で「これは」という結果が得られていなかったのですが、今回のM106は満足いく結果に成りました。

 

サムネ用

 

NGC3621を撮影しました

2月から3月にかけてのチリリモートでは、うみへび座のNGC3621を撮影しました

NGC3621

Date: 2024-2-21.29,3-4,3-8,3-16,4-1
Location: El sauce, Chile
Optics: Vixen R200SS, correctorPH
Camera: ZWO ASI294MM
Exposure: 240s, gain=120(LRGB), 240s, gain200(Ha,O3)
Number of frames: (L,R,G,B,Ha)=(251, 63, 59, 69, 331)
Processing: Pixinsight, Photoshop

大きさも明るさも、だいたいM106と同じくらいの銀河です。とても明るい中心部に比較してとても暗い腕の部分は、均整の取れた渦巻きの構造になっています。

場所はこのあたり。ちょうどコップ座の南方向で日本からもギリギリ観望できる位置にあります。

ところでこの、「フレーム銀河」とか「南十字銀河」をいう名称はどのくらい信じていいものなんでしょう? Stellariumではたまによく分からない愛称が表示されるような気がします。

 

画像処理は、淡い腕の表現が難しかったです。炙り出そうとすると、代償として散在する球状星団によるツブツブが失われる感じがして、3回やり直しました。星沼会の皆さんにもみてもらい、結局腕を強めにストレッチしたこのバージョンを採用しました。渦巻き構造が美しいので、多少ツブツブ感を犠牲にしても、この方がいいだろうと判断。

色は、腕がシアン、中心部が黄色にによってしまっている気がします。シアンは青から群青、中心部はオレンジぽいのが好きなんですけど、うまく調整できなかったのでそのままとしました。SPCCもBack Ground Referenceの指定のしかたで結果がかわることもあるので、最終的な判断は難しいところです。理想としては、彩度をぐっと持ち上げたときに、好みの色に収束するといいですよね。そういう時は処理がとても気持ちいいです。

 

単秒露光画像なしで、星の飽和部を復元する擬似的なHDR合成

はじめに

星の中心部はかなり光っています。調べてみてすこし驚いたのは、例えばデジカメでIso1600の3分程度の露光をかけると、経験的に6等星くらいまでの星の中心部は飽和してしまっています。

飽和した星のプロファイルは、このようにピークが扁平になっています。

これをそのままストレッチすると、こうなります。

飽和部が円盤状になってしまいました。

この問題は、BXT(BlurXTerminator)を使うとさらにひどくなります。BXTは飽和している星の輝度を全て1にするように働くため、そのままストレッチを行うと、こんな風になってしまいます

これはすこし不自然ですね。

「まあ、別にいいじゃん、拡大しなければ判らないし」

というスタンスもあるでしょう。でも天体写真を見る時は200%拡大して星のフォルムや暗部のノイズ、四隅の星像を必ずチェックするというガチな人の存在を気にして、このは抜かりなくやっておきたい。

上の例では、ストレッチにはMaskedStrechをデフォルトの設定で適用しました。このように星が円盤状になる症状は、MaskedStrechでもっとも顕著に表れるようですが、ほかのストレッチでも大なり小なり似たことが起こります。

この問題への対策は昔から行われていて、例えば荒井さんが開発したFlatAideProの「飽和復元合成」がそうです。これは、メインの長秒の露光に加えて、短い露光時間(たいだい5〜10秒程度)で撮影したデータを用意しておいて、飽和した部分を短秒のデータで置き換えるという方法です。Pixinsightにも"HDR Composition"というプロセスがあって、まったく同じことができます。

ですが、その短秒露光のデータを用意するのは意外に面倒です。星のフォルムを修正するだけだたら、わざわざそのようなことをしなくても、なんとかなるのではないかと昔から思っていました。

今回の目的

というわけでちょっと考え、短秒露光のデータ無しで星の飽和部分を自然な形に復元する方法を思いつきましたので、こちらにまとめておきます。かなり単純な方法なので、すでに同じことを考えて実践されている方もいるかもしれません。また、この方法は星にしか使えませんのでご注意ください。

単秒データなしで行う星のHDR処理

手順は以下の通りです

  1. 【元画像を用意する】
    スタック後のマスター画像にBXTをかけた直後のリニア画像をからスタートします。(BXTを使っていない場合は、Repaired HSV Separation スクリプトを適用して、飽和部の色を調整した画像を用意してください。その方法については蒼月城さんのyoutube
     [APTips 012/ PixInsight編] さよなら Pink Star! その原因と対処法
    を参照してください。)
    今回はこちらの星像を例に話を進めます


    元画像は"original.xisf"という名前で適当な場所に保存しておきます。

  2. 【RangeSelectionで星中心部をカラー画像を抽出する】
    Range Selectionプロセスを起動します。Ligntnessのチェックを外し、invertにチェックを入れます。

    この状態で、Realtime Previewを起動(左下の白丸をクリック)します(Realtime Previewは、STFの仮ストレッチをオフにしてから起動したほうが、効果のかかり具合が確認しやすいです。)

    まず、飽和部分とその周辺の色のついた部分が少々選択される程度にUpper limitを0.98くらいに設定します。次に飽和している最も大きい星を参照しながら、中心部から外側にかけて自然に輝度が変化するようにSmoothnessの値を設定します。今回の例の場合、星の飽和部の直径が15pxだったのに対してSmoothnessの値は2pxで十分でした。
    RangeSelectionを元画像へ適用します。range_maskと名のついたこんなカラー画像ができます


    この画像は"range_mask.xisf"という名前で保存しておきます。

  3. HDR compositionで1.と2.の画像を合成する】
    HDR Compositonを起動して、1.と2.の画像ファイルを指定します。

    ひとまずデフォルトの設定で実行し、場合によって、Binarizing Thresholdの値を調整してみてください。
    出力されるHDR画像では、星のピークを基準に輝度の調整が行われるせいか、カラーバランスが崩れている場合があります。これはSPCCなどを使ってカラーバランスを調整すれば問題なく元に戻ります。

結果の比較

下の画像は、今回の処理を適用した後にストレッチを施した結果(左)と、適用せずにストレッチした結果です。

星の断面を2次元プロットも見ておきましょう。処理後では星が円盤状にならず、フォルムがきれいに復元されていることが分かります。

 

それでは以上です。

「ほんのひと手間」的な処理ですが、画角内に明るい星がある場合は、こういう処理をしておくとすこし星がシャープに見えて印象が変わるので、おすすめです。

彗星を撮る:計画から実際の撮影まで —— ポン・ブルックス彗星編

以下では、今回の12P/Pons-Brooks彗星の撮影について計画から撮影場所選び、実際の撮影までをまとめました。今年の秋にはツチンシャン(紫金山)・アトラス彗星も大いに期待されてますし、その時の撮影の参考になれば幸いです。

彗星が見える位置の確認

彗星の位置確認には、ステラリウムという無料のプラネタリウムソフトが便利です。以下からダウンロードできます

インストールした直後では、彗星の情報はソフトに登録されていませんので、プラグインで彗星情報を追加する必要があります。その方法はこちらのブログにわかりやすく書かれています。

これが済んだら、彗星の符号(今回なら"12P/Pons-Brooks”)をソフトで検索します

画面1 彗星の検索画面

選択し検索を実行すると、彗星の位置が下の写真のように赤いカーソルで表示されます。

画面2 検索結果

彗星は、毎日少しづつ動いていますので注意してください。

構図の確認

構図は、

  • 彗星の尾の長さ
  • 構図に取り入れたい周辺の天体
  • 地上の風景

を考慮して決めます。それらの確認にも、ステラリウムが便利です。「画面2」(a)に示したスパナのマークから、カメラのセンサーサイズとレンズの焦点距離を登録できるようになっています。

画面3 レンズの登録

画面4 センサーサイズの登録

それを済ませたの上で、(b)をクリックすると選択したセンサーとカメラレンズでの構図が赤枠で表示されます(画面3)。

画面5 構図決め

このとき、ステラリウムの「赤道儀モード」をオンにしておきます(写真下部の黄色の丸)。もし新星景の手法で撮影するなら、写野の長編を北に対して何度傾けておくと、日没時に写野の短辺が水平になるか、などもソフト上で画面をぐりぐり動かせば分かります。


彗星の尾がどのくらい伸びているか?を知るのは、はなかなか難しいです。SNSなどを調べて、他のマニアの方々が撮影された直近の画像を確認するしかありません。私のこれまでの経験では「予想以上に尾が長かった」というケースの方が多いです。

撮影場所選び

これが一番大変で、かつ楽しい作業です。

彗星は太陽に近づいてから明るくなるので、見頃の時期には明け方・夕方の低空に見えていることがほとんどです。なので地平線付近まで見晴らしの良い撮影場所を探し出す必要があります。

今回のポン・ブルックス彗星が見えている、北西の低空が見晴らしのよい場所を探します。参考になるのはLight Pollusion Mapです。

画面4

この時期、晴れる可能性の低い日本海側を除外して、今回は福島・宮城県境の宇多川湖(写真の赤丸のあたり)を選びました。

こちらは薄明後の様子。彗星が沈んだ位置は、福島市の光害からすこし北方向に離れていて、撮影には良好でした。

薄明終了後のダム湖の様子

つれを探す

どうでも良いことかもしれませんが、初めての撮影場所ではトラブルもありますし、天体写真を撮影する場所は薄気味悪いところが多いです。事前にツイッターなどで

「明日は彗星撮りに行こうかな」

などと呟き、付き合ってくれる人をさがしておくと良いでしょう。今回顧問は、普段飛行機の写真を熱心に撮っている部員のT君を誘いました。

T君と顧問

T君、星の写真を撮るのも感激していた様子で、良い勧誘になりました。

現地での撮影

彗星撮影に関しては、リモート天文台を複数所有している中東の富豪であろうと、宮城県名取市在住の庶民である私であろうと、誰にとっても与えられた時間は同じです。なので一般の天体写真にまして、光学系の明るさが勝負になります。

今回の撮影ではZeissのApo-SonnerをF2開放で用い、カメラはEOS6Dを使いました。撮影地の宇多川湖は十分に空が暗い場所ですが、低空の撮影ではISO1600の30秒露光で、ヒストグラムが50%くらいになりました。

薄明が終了した直後から25分程度追尾撮影したところで、彗星が山の稜線ギリギリにきましたので、そこで赤道儀のスイッチを切り、固定撮影で20分ほど地上の風景を露光しました。

画像処理

画像処理については、特に新星景の手法には詳しくなく、簡単にまとめておきます。今回の処理では、地上風景の撮影時に空が曇ったために偶然に上手く行った側面がありますので、あまり参考にならないかもしれません。

下の画像の左は、追尾撮影をした彗星とM31、右側は固定撮影した地上風景です。

彗星とM31の画像は適当にストレッチし、地上風景の画像は空がギリギリ白く飛ぶ程度に処理しています。こうするとマスクなどを用いなくても、単純に二つの画像を乗算合成するだけで良い感じに合成することができました(単純に考えると、比較暗合成をしたくなるところですが、試してみると山の稜線が不自然になり、乗算合成よりも劣る結果でした)。

最後に結果です

12P/Pons-Brooks and M31

Date:2024-3-10
Camera:Canon EOS6D
Lens: Zeiss Apo-sonner 135mm F2
Exposure: 30s x 55f, ISO1600, F2(Sky), 30s x40f, ISO1600, F2(land)
Processing: Pixinsight, Photoshop

新星景写真ではありますが、あまり現実離れしないように強調処理は控えめにしてみました。地上風景も単に植林された山と平凡ですが、反対にリアリティがあるような気もして、とてもお気に入りの一枚になりました。

1月・2月のチリリモート

チリでのリモート撮影をしておりますと、撮影している本人が一体どこを撮っているのか、てんで分かっていないことがあります。

一つの対象を数十時間も露光し続けているというのに、なんでそんなことになってしまうのか。

あかんではないか。

というのはやはり、撮影中はN.I.N.A.の画面を眺めているだけで鏡筒がどこを向いているかあまり意識しないですし、また南半球に行って星空を眺めた経験がまだない*1のもあります。

そこでStellariumを使って、3月1日の仙台市から眺めた星空に、今回撮影した対象の画角を重ねてみました。

地面を透けさせたのがちょっとしたアイデアで、これなら位置関係がよくわかります。年明けの1月と2月はここを撮っていたのです。

 

Around southern seagull nebula

Around Southern Seagull Nabula
Date: 2024-1-8,12,13,16
Location: El sauce, Chile
Optics: Vixen R200SS, correctorPH
Camera: ZWO ASI294MM
Exposure: 240s, gain=120(LRGB), 240s, gain200(Ha,O3)
Number of frames: (L,R,G,B,Ha,O3)=(114, 53, 49, 49, 94, 49)
Processing: Pixinsight, Photoshop

 

GUM15 and RCW27

GUM15 & RCW27
Date: 2024-2-5,9,13,17
Location: El sauce, Chile
Optics: Vixen R200SS, correctorPH
Camera: ZWO ASI294MM
Number of frames: (L,R,G,B)=(103, 42, 45, 48), 240s, gain120 (Ha,S2,O3)=(66, 18, 57, 37), 240s, gain200 Processing: Pixinsight, Photoshop

 

二つ目のGUM15 & RCW27は、ちょっと構図が窮屈でした。もうちょっと構図を画面左方向に振るとカタツムリ星雲に似たNGC2626があったので、2枚モザイクにした方が良かったかも。

1月に撮影した一つ目の作品の方がより気に入っています。こちらアノテーションした画像です

”Southern Seagull negula"と名前がついているのは右上のNGC2032付近です。これとNGC2020の青緑色の領域が興味深いです。

お隣のアンドロメダ銀河を見ると、このようなO3領域がHαと同様に銀河の腕に散在しているようです。こちら先月、ドイツのアマチュア写真家によって撮影され、AstrobinにアップされたM31の姿です。

astrob.in

中心付近の驚くべきアークに加えて、よくみられるHaの「赤ポチ」と同様に「青緑ポチ」が薄く分布しているのがわかると思います。我々の天の川銀河では、このようなO3成分が極端に強い領域は、タランチュラ星雲の方向に散財しているだけで、北天ではお目にかかれません。でもM31の姿から推測するに、我々の太陽系からは見えない天の川中心部の向こう側などに、同等の「青緑ポチ」があるのかもしれません。

あと、同じ時期に、丹羽さんも同じ構図を撮影されていました。こちらからどうぞ。彩度や色表現など処理に違いもありますが、結構似た結果になりました。

masahiko.me

 

また、GUM15&RCW27を並べて比較すると、同じ画角であるとは思えないほどに、微光星の大きさが違うのも面白いです。

並べてみると、全く同じ画角(f=760mm, 4/3センサー)なのに右の方はf=200mmで撮ったような印象をうけます(スターリダクションはやってますけども)。”Southern Seagull negula"は大マゼラン雲に近く、この小さな星々も、天の川銀河ではなく大マゼラン雲を構成する星々なのでしょう。GUM15&RCW27の周辺の星は、天の川銀河の星々であるはずで、両者の距離の違いから、”Southern Seagull negula"のほうが星が小さく写っているのだろうと思われます。

 

 

サムネ用

 

*1:新婚旅行でオーストラリアを訪れましたが、慣れない海外では夜に出歩く余裕もなく、星を見る機会はなかった

「時空を超えた贈り物 — 宇宙は不思議で美しい —」 を見てきました

先日、CP+に合わせて実家への帰省をしていました。その帰り道に、かなりの遅ればせで、丹羽雅彦さんの個展

時空を超えた贈り物 — 宇宙は不思議で美しい —

を見てきました。実際の会期は昨年の8月で終わっているのですが、顧問は丹羽氏と個人的な友人であるため、特別の計らいでギャラリーを見せてもらったのです。しかもマンツーマンで。その始終を報告したします 

***

急に寒さの戻った2月の日曜日、表参道の街は冷たい小雨に濡れていました。地下鉄の駅から地上に出て、ブティックが立ち並ぶ狭い路地に入り、いくつかの角を曲がって緩やかな坂を下っていきます。すると通りの向こうに見知った姿が。"Davinci PROJECT"の建物の前で丹羽さんが出迎えてくれました。

「あー、どうもどうも」
「いやはやいやはや」

って感じで中に案内してもらいました。

地下のギャラリーには100号サイズ以上の大きな作品が並んでいます。入った瞬間に外界から遮断されるので、気が散ることなく作品を眺めることができます。まずは横にあるテーブルに腰掛けてちょっと休憩。イタリア製の微炭酸水をご馳走になりながら、ちょうどこのときに話題にしていたCFA Drizzleについて少し話しました。

「ではそろそろ本題に・・・」

と席を立ちます。奥へ続く細い廊下を通って階段を登り、もう一つの部屋へ。その一角が四角く仕切られており、小部屋のようになったスペースに丹羽さんの作品が並べられていました。

では、作品を一つ一つ見てまいりましょう。

彩度の対比、動的な宇宙 ケンタウルス座Aと南の回転花火銀河

入ってすぐ右側にあるのが、ケンタウルス座Aの銀河です。

黄色ぽい楕円銀河に「へ」の字をした暗黒帯が横たわっています。その暗黒帯に沿って分布するわずかに青い領域が映し出されていて、遥かな過去に別の銀河が衝突した名残を鑑賞することができます。

これだけならよく目にするケンタウルスAの姿です。この作品の白眉は、中央から噴出する赤いジェットにあります。この構造は相当に長い露光時間を費やした上で、さらに慎重な画像処理をおこなわないと作品として鑑賞に耐える形で映し出すことはできません。プリントの横にはさらに特殊な画像処理を施して、ジェットだけを浮き立たせたモノクロ画像も添えられています。人間の時間スケールでは完全に静止して見える宇宙が、実はダイナミックに変化していることを伝えてくれます。

ケンタウルスAから左を向くと、南の回転花火銀河M83が視界に入ってきます。

中心から外に向かい、黄から青へと変化する腕に赤紫のポツポツがいくつも浮かんでいて、ケンタウルスAと対照的に色鮮やかな姿にハッと爽やかな気分になります。周辺の星の彩度を抑えめにしていることも、中心に小さめに写った銀河の存在感を高めているようです。

M83はもう少し強めにストレッチを行うと、周辺のハローが分厚く浮かび上がったリッチな姿を描出することもできて、Astrobinなどでそういう作品も見ることができます(参考)。おそらく丹羽さんは意図してそれを避け、螺旋状の模様のコントラストを優先させたのだろうと想像しました。「回転花火」の名の通り、そのおかげで銀河全体の巨大な回転が、無限に広がる宇宙の中でひっそりと行われていることが伝わってくると思います。

認知を促す画像処理 NGC2170/2186とIC2188

左に目を移すと、M83よりもさらに色鮮やかな星雲が2作並んでいます。オオムラサキシジミチョウが並んで飛んでいるようなNGC2170/2185

それと、IC2188(魔女の横顔星雲)です。

古代の人が、なんの規則もない夜の星々の配置から星座や神話を想像したことから考えれば、星間ガスと星の放射が生み出した偶然の造形に、蝶とか魔女などと名前がつくこともなんら不思議ではなく、無意味なものに意味を持たせようとするのは、国や民族を超えた普遍的な認知の性質のようです。

丹羽さんの作品では、蝶々は優雅にてふてふと舞って見えるように、また魔女はさらに魔女ぽく見えるように、色彩や星々の表現に工夫が凝らされているようです。例えばNGC2170 / 2185では、個展の全作品の中で最も星が大きく高い彩度で仕上げられています。これは説明するまでもなく、星に見立てた花々の中を舞う蝶々の姿を連想させるわけです。また魔女の横顔星雲の薄青い分子雲の後ろ側には、Hαフィルターで撮影された赤い散光星雲がうすく重ねられています。この赤と青の対比は、音に例えれば不協和音的であり、美しいと言うよりも、血色の悪い魔女の皮膚に浮かぶ病的な血管を思わせる不気味さがあります。

おっと、ここに来て顧問の論評もアート分野の批評家っぽくなって来たかも知れません。丹羽さんは「天体写真がアートとして成立するか」を重要なテーマとされていますが、上に記した人間の認知に根差した画像処理は、その大きなヒントになっている気がします。

情報を削って生み出されるもの ほ座超新星残骸

最後に回れ右!そこには2023年の個展のメインディッシュ。ほ座の超新星残骸がドンと掲示されています。

この作品については語る必要を感じません。「アートとしての天体写真」というテーマに対する、現時点での丹羽さんの解答ですね。

—— 星を消し、色を消す

天体写真から情報を削ぎ落とすことで、逆説的に生み出されるものとしたら、それは何なのでしょうか?

単刀直入に、私は想像力であると思います。この作品をSNSで初めて見た時、シャープなハイライトとぼんやりした背景の星雲の姿から、鋭い波と消えゆく泡の混じる鳴門のうず潮を連想しました。または、背骨のつながった髑髏がこちらを凝視しているようにもみえますし、微生物の複雑な細胞組織を連想する方もいるでしょう。手垢のついた表現を借りれば「想像をかきたてる作品」です。こういった鑑賞者の勝手気ままな想像は、作者の意図を超えて作品を一人歩きさせる力をもっていて、天体写真がアートとなりうるための必要条件の一つであると思います。

来年も?

顧問はたまに美術館などを訪問すると、ぐったり疲れてしまうのですが、丹羽さんと5作品について2時間も喋り尽くしたのちに、それほど疲労は感じませんでした。興奮して何か神経物質が分泌されていたのかもしれません。

最後の30分ほどは、2024年の個展への構想や新しいアイデアについても少し語ってくれました。チリでの撮影の順調なようですし、楽しみですね!

実現したらまた表参道のおしゃれな街を再訪したいと思っています。丹羽さん、お相手いただいてありがとうございました。