先日、Pixinsightのメジャーアップデートがありまして、ver.1.9.0 LOCKHERTになりました。
追加された機能の目玉は、Multiscale Gradient Correction (MGC)です。

これはPixinsightの開発チームが、スペインの天文台で収集している全天のMARS (Multiscale All-Sky Reference Survey)のデータをリファレンスとして行うカブリ補正機能です。具体的には、Gaia衛星の測光データを基準にしてユーザーが撮影したデータとMARSのデータの画像の明るさを正規化し(一致させ)、その上で両者の差分から任意のスケールで光害成分を抽出。カブリ補正を行うと言うものです。
「うーん、それってどうなの?」
って思いは、以前のSPCCの時と同様の違和感が生じるのは、一部の方にとって必至でしょう。それは最後に少し触れることにして、顧問がちょっと試してみたところ、このツールは今までのカブリ補正機能とは一線を画すものだと思われます。特にそのアルゴリズムからして、モザイク合成前の各フレームの調整に最も威力を発揮するでしょう。
ともかく、早速使ってみようというわけです
導入方法
Pixinsightのバージョンアップ
まずはPixinsightのサイトを訪問して、ver1.9のデータをダウンロード、お使いのパソコンにインストールします。メジャーアップデートなので、ソフトの再インストールが必要です。

バージョンアップ後は、Process > GradientCorrectionにMultiscaleGradientCorrectionが追加されています。

MARSデータのダウンロードと登録
Pixinsightのインストールパッケージと同じページにXMARS Databese Files があります。

両方ダウンロードして適当なフォルダに保存しておきます。
次にMultiscale Gradient Correctionを開きます。右下のスパナのマークをクリックし、先ほど落としてきたXMARSのデータを指定しておきます。

そうしたら準備は完了です。
MGCを使ってみる
基本的な使い方
大事な前提として、MGCはリニア画像に対して適用します。処理の順序は
- カブリ補正をする画像にImage Solverを適用し、画像のプレートソルブを行う
- Spectrophotometric Flux Calibrationを適用して、画像の輝度の測定を行う
- MGCを適用する
の三段階です。
下のぎょしゃ座のIC417付近の画像を例に説明していきます

1.Image Solverは、Script>astrometry にあります

Image Solverの使い方は、SPCCの記事で説明してましたが、念のため説明画像を再掲しておきます。

2.プレートソルブが成功したら、次に
Process > Photometry > Spectrophotometric Flux Calibration
を起動します

撮影したカメラの特性に合わせて
- QE curve
- Red filter
- Green filter
- Blue filter
を指定します(上の画像はZWOのOSCカメラを使用している場合の指定)。これについてもSPCCの記事内の「1. 量子効率とフィルターの指定」説明してましたので、詳しくはそちらを参照してください。
処理する画像に三角マークをドラッグ&ドロップして実行します。成功すると、下の画像のようなグラフが表示されます。このとき画像の見た目は何も変化しません。

上のグラフは、「Gaia衛星が取得した星のスペクトルデータに対して、画像に写っている星が何倍明るいか?」をRGBの各チャンネルについて示しています。このデータは画像ファイルに埋め込まれ、このあとMGCのカブリ補正を行うために使われます。詳しくは後述します。
3.以上でMGCを実行する準備は終わりです。MGCを開きます。MARS Databeseに何も指定されていない場合は、赤丸の”Default files”をクリックすると、さきほど登録しておいたxmarsファイルが指定されます。

残りのパラメータは、たいていの場合そのままでも上手く行くようなので、このまま三角マークをさきほどSPFCを終えた画像にドラッグ&ドロップで実行します。
上手く行けば、下のように”Gradient Model”が表示されカブリ補正が実行されます

お疲れさまでした。
パラメータの調整
顧問が試した範囲では、デフォルトで1024となっている”Gradient Scale”の調整が非常に有効そうでした。この数値を変えてみると以下のようになりました。

最も大きいGS=2048では画面左側の輝度の落ち込みが補正しきれていないようでした。このような小さなスケールでの輝度の変化は、GSの値を小さくしていくと補正できるようになります。上の例ではGS=512~1024が上手く行っています。
一方でGSを小さくしすぎると、適用されるGradient Modelが星雲の構造の影響を受けすぎてしまいます。この辺りの調整がキモになりそうです。
これまでのカブリ処理プログラムとの比較
これまでのツールとの比較も行ってみました。

並べてみても分かりにくいですが、それぞれの画像の右上部分に注目してください。”Original”と書いた元画像では不自然な緑色のカブリがあります。これはGCでもABEでも取り除くことが出来なくて、ひと月前に取り組んだ画像処理ではとても苦労したのです。ところがMGCではあっさり取れています。代わりに画面下部が緑になってますが、これは背景部分なので問題ありませんでした。
また、冒頭に書いた通りMGCはモザイク合成の各パネルを一致させる調整を行うのに最適なはずです。顧問はそれを試すことがまだできていませんが、丹羽さんがさっそく試してうまく行ったようです。その結果をYoutubeで公開されていますので、こちらもぜひご覧ください
MGCは何をしているのか
MGCの処理の内容については、以前の記事に書いてました。
その考え方をもう一度おさらいしてみます。下の画像のように撮影画像”T1”のカブリを処理するのに、より広角で撮影した”T2”を参考にするというのがMGCの基本です。

もちろんT2にも光害の影響はありますが、ちいさなT1の範囲内で見ればその影響は単純なので、簡単な1次関数の勾配補正で十分にフラットに出来ます。MGCでT2の役割を果たすMARSの全天サーベイのデータは、比較的広角のカメラで撮影した画像に簡単な勾配補正を施して収集されているようです。
ただし、我々が撮影した画像データとMARSデータは、露光時間も光学系の明るさも異なっています。両者の輝度を絶対的に一致させてからでないと、引き算をしても意味がありません。そこでGaia衛星が取得した星のスペクトルデータを用いてT2とT1に映っている星の明るさを比較し、RGB各チャンネルの輝度の比を計算します。それをやっているのがSPFCです。

SPFCを実行した時に表示されるこのグラフは、画像に写っている星の明るさとGaia衛星のデータ上での星の明るさの比を、明るい順にランクプロットしたものです。グレーのラインより明るいものは光害の影響、暗いのは(良く分かりませんが)光学系の問題の反映として、その平均をT1画像の(Gaiaデータに対する)明るさと定めています。
まあ、上のように書くのは簡単ながら、これを実際にやって有効なカブリ補正ツールを実現させてしまうPixinsightの開発チームは、本当にすごい人たちの集まりなのでしょうね。
現状(2024年12月23日時点)の問題と疑問点
MARSデータの範囲
現時点でMARSデータは全天をカバーしていません。処理する画像によっては「リファレンス画像がありません!」とエラーがでて実行できません。今の所冬の天の川周辺以外は手薄なようです。そのうちデータが追加されると思います
MGCでは自分で撮影したデータをリファレンスに利用することもできます。それについては次回のエントリで書く予定です。
ノンリニア画像に適用できる?
天体用CMOSカメラとちがって、通常のデジカメで撮影したデータは本当の意味でリニアでないので、SPFCでの輝度の測定がうまくいくのでしょうか?それによっては被り補正が変な結果になることも予想できます。この辺は皆さんの適用例を見ていくと明らかになりそうです
星野写真にも使える?
MARSのデータは焦点距離135mmと35mmのレンズを使って収集されているそうです(ただしセンサーサイズはよく分からず)。MGCは上で説明したT2に対してT1が小さいことが前提なので、比較的広角の画像を処理しようとするとうまくいかない可能性が高いです。そのへんも今後の検証ポイントだと思います。
終わりに
以上、MGCはかなり強力な勾配補正ツールであることが分かりました。それで「やったぜ!」とばかり言っていられない気持ちが残るのは、MGCの処理が、我々が撮影した天体写真をMARSのデータに合わせ込む形で行われている点にすこし心配が生じるからです。それって「自分で撮影した」ことになるのでしょうか?
また、天体写真に写っているカブリは人工的な光害の影響だけでなく、大気光のような自然現象や、その夜の空の透明度など様々な要因の反映でもあります。それらをMARSデータに合わせてゴッソリ補正してしまうのは寂しい気もしますし、Pixinsightユーザーにとって、ますます天体写真から個性が失われ、結果が画一的になってしまう恐れもあります。
このことは、以前にSPCCが登場した時にもいろいろ議論しました。新しい技術はなるべくポジティブに受け入れたいものでありますが、しばらく活用したのちに別の機会をとらえて考えてみたいと思います。
でも実は、MGCには上の問題を回避する方法があります。それは自分で撮影した広角画像を、簡単にリファレンスに使用できるってことです。つまり遠征撮影時にもう一台カメラを持っていき、135mmくらいのレンズを付けて対象の周辺を撮影しておけば、それをMARSデータの代わりに使うことが出来ます。それならばリファレンスデータも含めて「自分で撮影した」と言えそうです。
その方法はそんなに難しくないのですが、ただ長くなってしまったので次のエントリでまとめたいと思います。