天文はかせ幕下

仙台高専天文部の顧問が、日々の天文活動や天文情報を綴っています。
本を出版しました!→PixInsightの使い方[応用編]

君は水素の色をみたか

事の起こり

「水素の色、見たいよね」

みたいなことを半年前に仲間と話しておりました。顧問が所属している星沼会という星好きの仲間が集まる会のdiscordでの話題です。

なぜそんなことを言っているかというと、我々が撮影する天体写真には、水素の光がよく写るからです。ちょうどこんな感じ

M16 and M17

この赤い星雲が水素の光です。実は肉眼では見ることが叶わず、カメラだけに写ります。なのでタイトルの「水素の色」などという言葉に意味はないのです。でも一度、水素が光っているところを目の前で見てみたいよなあ、どんな風に見えるのだろうか?と思っておりました。

放電管セット

それからしばらくして、星沼会メンバーのそーなのかーさんが、水素の光を観察するための安い放電管と電源装置のセットを、海外サイトから見つけてきてくれました。

今それは顧問の手元にあります。

ちょうど担当している量子力学の授業の教材に良いでしょうって口実で購入しました。このガラス管の中には水素ガスが封入されていて、高い電圧をかけると光ります。

では部屋を暗くして、スイッチオン!

ブーン・・・、壊れかけの蛍光灯よりもいくらか低い音を立てて、気体が赤紫色の光を放ちます。おおーこれが水素の光かー、ちょっと思っていたのと違うなあ。

分光

ではもう少し踏み込んで観察するために、分光をやってみましょう。「回折格子」と呼ばれる、光を波長ごとに異なる角度で屈折させるフィルムを使います。

これはアマゾンで2000円くらいで買えます。顧問は、そーなのかーさんに切れ端を分けてもらいました。

このフィルムをスマホのレンズにあてがって撮影すると、簡単にこんな写真が撮れます。

放電管の上下にゴーストのように見えているのが、水素の光のスペクトルです。クローズアップしてみてみます

水素は特徴的は波長でのみ光るので、スペクトルは線状になります。いちばん上のひときわ明るい赤いラインが、Hα線ですね。2番目に明るいのはシアン色のラインで、これはHβ線と呼ばれています。冒頭にお見せした天体写真の赤い星雲は、この二つの輝線の混色と考えられます。

さらに下側の紫色の領域に注目すると、うっすらと明るいラインがもう一本あります。ひょっとしてこれはHγ線でしょうか?

それを検証するのは、そんなに難しくありません。これらの輝線の間隔は、簡単な数学で説明ができるからです。

バルマー系列

この水素の線の並び方を数学的に表すことに成功したのは、スイスの中学校の先生Balmer(バルマー)の手がらである(1885年)

朝永振一郎量子力学I」より引用

バルマーによれば、それぞれの輝線の波長は

 \dfrac{n^2}{n^2-4}h

という規則に従っていて、h=364.56nmとすれば、n=3,4,5がそれぞれHα、Hβ、Hγに対応します。ですので「HαとHβの波長の差」と「HαとHγの波長の差」の比は

 \dfrac{\frac{3^2}{3^2-4}-\frac{5^2}{5^2-4}}{~~\frac{3^2}{3^2-4}-\frac{4^2}{4^2-4}~~}=\frac{64}{49}

となります。64/49=1.3061...です。

一方で、撮影した画像から線の間隔をピクセル単位で測ってみます。

これらの距離の比

415/320=1.2968

は、有効数字3桁で四捨五入して1.30ですので、上のバルマー系列の計算とほぼ一致しました。よって、いちばん下の薄いラインは確かにHγ線のようです。

 

はい。以上です。

分光の測定はうまくいきましたが、放電管の光は思っていたよりも連続光の成分が多く水素の色の「イメージ」は結局よくわかりませんでした。ひょっとすると管内の水素の純度がイマイチなのかもしれません。

もうちょっとしっかりした実験用の放電管が手に入ったら、もう一度ブログの記事にしてみたいと思います。