天文はかせ幕下

フラット補正を改善する奇妙な方法(ただし光学系依存)

事の起こり

先日の弓張平でのM106の撮影で、LEDトレース台を忘れて現場でフラットが撮れませんでした。しかた無く、帰宅後にRASA11''にカメラを再度取り付けてフラット画像を取得しました。

それをつかってキャリブレーションをしてみますと補正が上手く行きません。こんなザマです

・・・これはダメかも分らんね。かのーぷすさんにトレース台借りればよかったなあ。

慰めを求めて「フラットが合わないよー」という趣旨のつぶやきをツイッターに書き込んだら、RASA使いの先輩、HUQさんが助けてくれました

あ!そうでした。

確かにカメラを取り付けなおしたときに、クルッと上下逆にしていたかもしれません。ならばフラットを撮りなおせばよいだけの問題です。でもめんどくさいなあ。とウダウダしていたら、サボりのひらめきがありました。

「カメラじゃなくて、マスターフラットを180°回してキャリブレーションしなおせば、いいんじゃね?」

やってみました

「ダメじゃん。」

でも待てよ? 上の二つの画像って、足して2で割ったら相殺しそうな明暗のパターンに見えます。やってみました:

うーん、惜しかった。

翌日にフラットを再取得することにして、この夜はふて寝しました。

撮りなおしても、微妙に合わない

翌日に再度カメラをRASAに取り付けてフラットを取得し、キャリブレーションした結果はこうでした。大幅に良くはなりましたが、まだ微妙に合いません。

慎重に取り付けなおしましたが、それでもカメラの位置が撮影時とズレてしまっていたためでしょう*1*2

それで、賢明な読者のみなさま方は話の続きがもうお分かりと存じます。マスターフラットを180°回して、またキャリブレーションをしてみました。

ちょうど反転した明暗のパターンになってますね。

両者を足し合わせば相殺しそうです。今回は1:2の割合で足し算したらちょうどよい感じになりました。

なぜフラット補正が改善したのか

上のような奇妙な方法でフラット補正が改善した理由を考えてみました。現時点での結論では、上の方法はかなり限定的な状況でのみ成り立つものと考えています。なので以下に示す方法は、かなり強く光学系に依存する話なのでご注意ください。

まず下の絵のようにLightフレームの輝度分布が中心対称になっていることが前提です(条件1)。

楕円は等輝度曲線を表しています。

このライトフレームに対して、フラットフレームの輝度分布の中心がズレていて、かつ回転しているとします(条件2)。「マスターフラット」と「180°反転したマスターフラット」ものは下の絵のような輝度分布になっているはずです。

それぞれのマスターフラットでキャリブレーションした結果は、フラット補正のズレが互いに180°反転しているので、両者を平均すればズレが打ち消し合い、近似的にフラットが合ったのだろうと考えています。あくまで近似的にです。

ちなみに、こちらはRASAのフラットです。

中心の輝度分布が扁平になっている部分をのぞけばだいたい中心対称になっています。これなら上手く行きそうです

対してこちらはチリに置いているR200ssのフラットです。

こちらはピークが右側に大きくずれています。これだと180°の反転でズレが打ち消し合うということが起こりえないので、上手く行きません。実際に試したらダメでした。

実際に前処理に取り入れる方法

上の方法は(条件1)と(条件2)が成立している場合のみ有効と思われ、汎用性は低いです。でも少なくとも我々のRASA11’’に関しては有効そうなので、これを前処理に導入する方法についてもメモしておきます。

 

上記の方法は、WBPPにそのままとり入れることができません。また、すべてマニュアルで前処理する場合は、それぞれのライトフレームにたいして個別にpixel Mathを適用する羽目になってしまい、これは現実的ではありません。

ちょっとウマイ方法は、次のように「補正したマスターフラット」を用意することです。つまり、元々の「マスターフラット」を f、「180°反転したマスターフラット」を f_{ref}としたら、Pixel Mathで

\dfrac{f\cdot f_{ref}}{f+f_{ref}}

という式を入力して得られた画像を、「補正したマスターフラット」として、WEBBに入力すればあげれば良いです。

なぜならライトフレームをLとすれば上に書いた2枚のライトフレームの平均は

 \dfrac{1}{2}\left( \dfrac{L}{f} + \dfrac{L}{f_{ref}} \right)

という計算をしているわけですが、これは

 \dfrac{L}{2\dfrac{f\cdot f_{ref}}{f+f_{ref}} }

と変形できるからです(WEBBのフラット補正で勝手にノーマライズされるので、係数の2は省略できます)。

実際には、「マスターフラット」と「180°反転したマスターフラット」でキャリブレーションした画像を適当な比でブレンドすることになるので、その重みをk>0とすれば、重み付きの「補正したマスターフラット」は、

\dfrac{f\cdot f_{ref}}{f+kf_{ref}}

です。kの値は結果を見ながら調整して、合わせこむことになります。

こんな方法、役に立つの?

(条件1)を満たす光学系に対して、(条件2)のようなことが起こる状況は、今回の

  • マスターフラットの撮りなおしによるカメラのズレ

以外にも

  • ライトフレーム撮影時と、フラットフレーム撮影時の鏡筒の撓みの違い
  • 撮影中に光軸が動いた
  • フラット光源が不均一だった

などありそうで、もしこういう状況になれば、上記の方法で近似的にフラット補正の精度を上げることができるかもしれません。今後さらに検証していく予定です。

 

あと、PixinsightのABE/DBE、最近加えられたGradient Correction(GC)などがあまりに優秀なので、こんな面倒なことしなくても良いのじゃないかという向きもあります。でもこれらのツールは、原則的には光害によるカブリを取り除く機能であって、無暗に使えば本来あるべきライトフレームの情報(淡い分子雲など)を取り除いてしまうことになります。なのでフラット補正の精度を上げる努力は常に行うべきで、ABE/DBE/GCがあるから、こういう方法を考えるのが無駄ということは無いのじゃないかなと思っています。

サムネ用



*1:望遠鏡の場合は、カメラと筒の位置関係を撮影時とまったく同じ位置関係にするのはほぼ不可能です。この辺りが、マウントがしっかりしているカメラと違って難しいところです。

*2:さらに悪いことに、RASAの補正板にマウントを取り付けるパーツがラジアル方向にクリアランスを持っていて、上下左右に1mmちょっと動きます。なので回転だけでなく中心もズレます。