天文はかせ幕下

赤っぽい銀河(IC342/NGC6942)の話

はじめに(IC342について)

先日の神割崎にて撮影したIC342銀河は、珍しい銀河でした

IC342

拡大してみますとこんな姿をしています

珍しいというのは、ずいぶん赤茶けた色です。通常の銀河は、中心部がオレンジから黄色、周辺の腕にかけて青っぽい色をしています。IC342には青い要素が見当たらず、そしてとても淡い。まるで年老いた太古の銀河をみているような印象を受けます。

rnaさんのスクリプトをつかって、アノテーションを施しました

周辺に映り込んだ銀河はみな似た色をしているようです*1。これら銀河の一部はマフェイ銀河群に属していて、wikipediaによると天の川銀河に最も近いが銀河群なのだそうです。たしかにIC342までの距離は1120万光年とそれほど遠くありません。「太古の銀河」という印象はハズレだったようです。

見える方向

少し調べてみましたところ、IC342の色のひみつは、天の川銀河との相対的な位置関係にあるようです。今回のはたまたま、135mmフルサイズの画角で周辺を撮影しておりました:

方向はカシオペヤ座とキリン座の境界。IC342は写真の左下あたりに写っています。ここは秋の天の川のほとりで、モヤモヤと分子雲やガスが漂っていますね。IC342とその周辺の銀河が赤茶けて見えるのは、これら星間物質によるレイリー散乱で、青い光が散乱されてしまうためなのだそうです。

似ている銀河(NGC6946)

そういえば、これに似た銀河をもう一つ知っています。NGC6946です。

ぼちぼち星空眺めましょ」のタカsiさんから許可をいただいて、氏の作品を紹介します。

ううっ、あまり自分の画像と並べたくない。いやいや、そういう話ではなく、銀河の色を考えていたのでした。形はIC342と非常によく似たフェイスオンの渦巻銀河で、これも全体に赤が強いです。NGC6946はケフェウス座の銀河で、この辺りも天の川に近く周辺に星間ガスが多く漂っていることから、見かけの色の要因はIC342と同じであろうと推測できます。

銀経と銀緯

天の川に対する位置関係は、銀河座標系を使った方がよくわかります。銀河座標系とは天の川銀河の円盤面を(銀緯=0°)とし、中心方向を(銀径=0°)とした球面です。Stellariumを参照すると、それぞれの値を見ることができます:

  • IC342  銀緯=10°34'、 銀径=138°10'
  • NGC6946 銀緯=11°40'、銀径=95°43'

どちらも銀緯10°付近と小さく、天の川の円盤面に近い方向にあることがわかります。

低銀緯の領域には、これら2つ以外に目立つ銀河はないでしょうか? 

上の画像は、Stellariumに登録されているすべての銀河をほぼ全天球に渡ってプロットしたものです。まず、天の川に沿って銀河が少ないことがよくわかります。ほとりの銀河を片っ端から調べてみましたが、低銀緯の領域にはIC342とNGC6946以外に目立つ銀河(10等以上)は見当たりませんでした*2。特に南天の領域はほぼ銀河がなく、Stellarium上でもぽっかり穴が空いています

このような銀河分布の理由は、銀経に注目すると見えてきます

手書きですみません。NASAこの画像を参考に、太陽系と銀河中心、銀経の関係を模写しました。これをみるとわかるようにIC342とNGC6946の見える6時〜9時の方向は「ペルセウス腕」をほぼ垂直に横切っていて、太陽系からみて天の川銀河がもっとも薄い方向であることがわかります。なのでこの方向にだけ、目立つ銀河が見えているのではないでしょうか?

いっぽうで南天の方向は、ちょうどその反対方向(図の270°〜0°方向)になっていて、天の川がぶ厚いために銀河が見つかっていないだろうと思われます。

UV/IRカットフィルターを外すとよく映る

最後に、銀河がレイリー散乱をうけているならば、UV/IRカットフィルターを取り去って、散乱を受けにくい近赤外(IR)の波長を取り入れた方が銀河がよく写るはずです。今回偶然から、IRカットの有り・無しの両方について撮影をしていました*3

フィルター無しで撮影した薄明後90分のデータと、そのあとフィルターを挿入して90分露光したデータを比較してみます。光害は夜が更けるにつれて小さくなるため、基本的には後半のフィルターありの方が有利です。スタック後、以下の手順で画像を調整しました:

  1. ABEの1st Orderの減算で光害被りを除去
  2. Pixcel Mathでオフセットを調整し、両者の背景輝度を一致させる(暗い方を明るい方に合わせる)
  3. AutoHistogramで、両者に同じ強さのストレッチをかける(STFでは画像の輝度に応じてストレッチの強さが変わってしまうため)

そうして得られた画像が以下です。

UV/IRカットフィルターなし(右)のほうが、銀河がよく写っていることがはっきりとわかります。ただし、星も全体的に肥大していて、これは補正レンズの補正が、近赤外を想定していないとかそういう理由であると思われます。全部フィルターなしで撮影したら、星に色が出ないとかそういった悪影響はあるかもしれません。

おわりに

天の川銀河が、系外の観測の障害になっていることはチラチラ聞いたことがありましたが、今までぼーっとしていてあまり意識していませんでした。もし天の川を透かして向こう側を見ることができたとしたら、いったいどんな奇妙な銀河が分布しているのか?興味がつきませんが、その姿を見ることは決してできないのでしょうね。また「グレート・アトラクター」という正体不明の非常に大きな質量の分布が、この方向にあるかもという話もあって、我々の知っている宇宙は、まだまだ狭いのだなあと思いました(まる)

 

*1:SPCCの出力結果から動かさない処理をしています

*2:唯一カシオペヤ座にIC10という銀河が見つかりますが、これはマゼラン星雲と同じ天の川銀河が属する局部銀河群の銀河なのだそうです

*3:ASI2600MMの保護ガラスがクリアガラスであることを知らず、はじめの90分ほどフィルターなしで撮影していたのでした。そーなのかーさんにそれを指摘され「マジすか」と慌ててフィルターを入れて撮影した次第です