天文はかせ幕下

iOpteron CEM70G 赤道儀のレビュー

 

概要

ここでは,2020年に天文部で導入したiOptron社製のCEM70G赤道儀について,何度か実際に使用した経験を元に簡単に特徴などを紹介します。初めに結論を簡潔にまとめれば,

質実剛健で追尾精度も優秀で,有用なアイデアも盛り込まれている。しかし機械的な設計の部分やiGuider関連で幾つか難あり」

と考えます。全体としては性能に十分満足しています。以下では、主観客観交えつつこの赤道儀の特徴をまとめていきたいと思います。

購入の経緯

我々の部では,観望会や撮影に使用する目的で,CelestronのRASA11"を搭載可能な自動導入赤道儀を探していました。購入予算が30万円前後であったために,現状で手に入る赤道儀としてはこのCEM70/CEM70Gが唯一の解でした*1

日本代理店のジズコを通して購入しました。三脚なしの9kgウエイトつき,ガイドカメラ内蔵のCEM70Gは税込み357500円でした。(代理店の方には,顧問のしつこい質問にお付き合いいただき,この赤道儀を使いこなす上で本当に助かりました。直輸入しなくてよかったです。)

開封の儀・外観など

赤道儀はしっかりしたアルミケースに入って送付されてきました。

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「ガワ」がしっかりしているのは,とくに精密機器や重量級の機器の場合は助かります。ZWOやQHYCCDのカメラも質の良いケースが付属になっているし,国産メーカーはダンボールと発泡スチロールで送られてくる場合が多いですが,見習ってくれると良いなと思います。

f:id:snct-astro:20200820115706j:plain中には製品のLOT番号が記されたp motionのグラフが同梱されています(初めて開封した時の写真ではありません!)±3.5秒角以内に収まっているとのことで,これはメーカー側の自信が伺えます。たとえば「天体写真の世界」のレビュー記事にあるNJP Temma2の p motion が実測で ±5秒角以内とのことですから,とても優秀な部類です。

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取り出してハードケースの上に載せてみました。重量は13.6kg。顧問の場合は,これまでJP赤道儀の重さに散々苦しめられてきたので,この軽さには天国を感じました。

CEM70G赤道儀の特徴

この赤道儀の細かなスペックなどについては,株式会社ジズコのHP

をご覧いただくことにして,この赤道儀の特徴を「気に入った点」「改善して欲しい点」の二つに分けて述べます。どっちからにしますかね。ネガティブなほうからいきますか。

改善して欲しい点

赤道儀本体を三脚座に取り付けるのが非常にやりづらい!

まず赤道儀の固定方法から説明します。赤道儀のベースは,M8の六角ボルト2本で専用の三脚に固定する仕組みになっています。その六角ボルトは赤道儀ベース部にバネ式で内包されています。

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こんなふうに。上から押すとボルトが出てきます。離すとバネ式でビヨンと元に戻る仕組みです。

で,三脚側には下の写真のようにM8のメネジが切ってあります。

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ここからが,改善して欲しい点です。この台座の上に赤道儀を載せた時点で,ねじ穴は全く見えなくなります。手探りで穴を割り当てなければなりません。これはちょっとやりにくいことです。また,次の写真は,赤道儀のM8ボルトを上から見た様子です:

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手前に見える障害物は,赤道儀の高度調整をロックするためのクランプです。これが死角になってボルトが見えずレンチを挿しにくく,またまっすぐ挿せないので回しづらい。さらには,どのような種類の6角レンチを用いても(ボールタイプ・曲が短いタイプなど)レンチが赤道儀本体に干渉するので,ボルトを締め込むまでにレンチの抜き差しを20往復くらいさせないといけません。いまのところ2つのネジを固定するのに5分くらいはかかってしまいます。致命的ではないですが,これは設計ミスの類でしょう。

iGuiderの視野が,鏡筒にケラれる場合がある

CEM70Gの大きな特徴として,内蔵式のガイドカメラ「iGuider」があります。このカメラは赤緯体のあり溝プレート部に埋め込まれていて,パソコンからPHD2を使ってオートガイドを行う仕組みです。

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写真の大きい穴の奥に,カメラレンズとカメラがあります(このガイドカメラの性能については,別の節で詳しく述べます)。問題は,カメラの位置が鏡筒に対して近すぎる点です。RASA11"を載せた場合,鏡筒にフードを取り付けると,なんとガイドカメラの視野がケラれてガイド星がヒシャゲてしまいました。これも設計ミスの類だと思います。我々の例の場合,なんとかオートガイドは成立していましたが,より長い鏡筒を使う場合は,別にガイドカメラを用意する必要がありそうです。赤道儀にガイドカメラを内蔵するアイデアは良いのに,ちょっと残念ですね。

気に入った点

「ケーブルマネジメントシステム」最高!うどん地獄から開放!

赤道儀ベース部のUSB3.0端子とパソコンを一本のUSBケーブルでつなげば,iPolar,iGuider,赤道儀の制御,全てまとめて面倒を見てくれます。さらに鏡筒に取り付けたCMOSカメラやガイドカメラとパソコンの接続,冷却システムへの電源供給も,あり溝プレートに取り付けられたDCジャックとUSB端子

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から行えます。12V3AなのでZWOカメラの冷却ならこれで足ります。撮影時のうどん地獄から解放されるのはとても嬉しいことでした。

忘れ物防止の工夫

これはかなり地味ですけど,

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六角レンチを赤道儀本体に収めることができるようになっています。こういうのは個人的に大好きな点です。先のバネ式のM8ボルトも,同じ「忘れ物防止」のアイデア裏目に出たのかもしれません。

ギアスイッチは大きく改善

この赤道儀の前身である,同じセンターバランス式の赤道儀CEM60について購入を考えていたおり,以下のブログ

の内容にビビって,自重したという思い出があります。赤緯赤経軸の回転を固定するクランプの代わりに,CEM60赤道儀では内部のギアの噛み合わせをon-offする「電磁クランプ」という仕組みを採用されていました。引用したブログではこの電磁クランプが非常に使いにくいと辛辣に述べてあります。どう使いにくいかは本題からそれるので,「玄の館」ブログをご一読ください。CEM70では,この点はちゃんと改善されていました。下の写真がCEM70のギアスイッチです

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電磁クランプの仕組みは廃止されて,単純なon-offになっています。内部のギアの噛み合わせ位置を探らなければならないという点以外は,通常のクランプと操作性は変わりません。ただ,スイッチをオフにすると回転軸がいきなり無抵抗に動くので,ウエイトバランスには気をつけないといけません。

iPolarも素晴らしい

赤道儀内臓のiPolarは,プレートソルビングで極軸設定をしてくれます。一番初めに設定さえ済ませておけば,カメラを起動したあと直後に,何も操作をしなくても数秒で極軸の位置を示してくれます。QHYCCDのポールマスターも気に入って使ってましたが,北極星を選んだり赤道儀を回転させたりしなくて済むのは,とっても楽です。

肝心のガイド精度

ガイド精度については,これから何回かの実地での撮影をこなさないと確かなことは言えません。しかし,先日の初めての使用はとても良い感触でした。620mmのRASA11"にフォーサーズセンサーの294MCの組み合わせで,フルサイズ換算1300mm。3分露光の70枚ほどの撮影で歩止まりは95%以上だったと思います。ガイドエラーも,ガイドカメラに光が入ったとか,外的要因がほとんどでした。

ただこの時はシーイングが非常に良いコンディションではありました。iGuiderのケラれの問題もありますし,もうすこしじっくり使い込んでからの判断です。

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これはその時のガイドグラフの様子です。

その他,CEM70Gの気難しいところ

iGuiderのピント合わせ

iGuiderのレンズは焦点距離120mmのF4。フォーカスは工場出荷時には調整されておらず,購入後に自分で合わせる必要があります。このフォーカス機構には面食らいました。

下の写真の銀色の金具が調整機構です。ネジになっていて,緩めると左右に8mmほどの幅で動きます。この左右の動きで,内部のレンズが物理的に直接動いてピントを調整し,ネジを締めて固定します(ビックリしました?)。

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この操作でネジの位置を0.1mmくらいのオーダーで調整する必要がありました。現場で星を使ってのピント調整を試みたところほぼ不可能で,いっかい死にました。日中に明るい遠景を使って短い露光時間で調整しておく必要があります。一度調整すれば触らなくても良さそうですが,気温の変化でピントがどれくらい動くのか気になるところです。

iGuiderの感度

iGuiderのセンサーは,1200 x 800画素と控えめで感度もQHY5L-Ⅱなどと比較すると悪いようです。天の川中心部の撮影でも,星が数えるほどしか認識されませんでした。マニュアルにも5~9個の星を検出できるようにゲインを調整せよとあるそうで(代理店のMさんによる),そういう設計なのでしょう。ガイドはちゃんとできていたので問題はないのかもしれませんが,少し不安にはなりますね。

アライメントの精度

マニュアル通りに,1star/2Starsでアライメントをしても,自動導入がうまくいかないことがあります。うまくいくこともあるので,顧問の操作ミスの可能性も残っているものの,少し困っています。

総論

iOptronのCEM70/CEM70G赤道儀について,紹介しました。このブログはあまり機材レビューなどやらないのですが,この赤道儀のあまりもの破天荒ぶりに,つい書きたくなってしまいました。

ネガティブなことも書きましたけど,「あばたもえくぼ」という感じで全体としては気に入っています。なによりも30kgもの搭載重量をこの価格で実現したことは素晴らしいと思います。盛り込まれたアイデアにはマイナス面もあるけれど,革新的な赤道儀を作ろうとする心意気も感じられます。

なんとかこれを使いこなし,また観望会でも活躍させたいです。

 

2022年8月追記

iOptronのCEM70G赤道儀,購入してから2年が経ちました.

  • 三脚固定ネジの着脱のやり難さは,6角レンチのL字部を切断して,まっすぐなレンチを用意することで克服.
  • 付属のiGuiderの使用は諦め,ガイドカメラ(ASI1200mm)を導入することでガイドには満足
  • 子午線反転後に1時間弱しか撮影できない構造上の弱点は,プレートソルブを導入することで克服

といった形で,あれからこの赤道儀を使いこなし毎回満足いく結果を得られています.

 

 

 

*1:国産の赤道儀でRASA11"クラスの鏡筒を搭載可能となると,タカハシEM400やVixen AXD,SHOWA XNOSくらいしか思い付かず,これらはどれも100万円前後になってしまします