天文はかせ幕下

天体写真のカラーバランスと,色のコントラスト

はじめに

天体写真のカラーバランスを整えるのに通常行われるのは、写真の背景部分がニュートラルなグレーになるように調整することです。しかし、この操作をちゃんと行っても、写真全体のカラーバランスが崩れてみえることってないでしょうか?私の経験ではつぎの二つのケースがそうでした:

  1. 光害による色カブリが残る写真を処理していたとき
  2. 光星の多い天の川付近や、散光星雲がいっぱいに広がった写真を処理していたとき

ここで問題にしたいのは、2.の場合です。ぎょしゃ座の中心部や北アメリカ星雲、コーン星雲付近の画像処理をしていたときがそうでした。しばらく考えていて最近ようやく、私なりの答えを得ました。それは一言でいいますと

RGB各色の明るさのレベルだけでなく、色のコントラストも気にする

というものです。ひょっとするとこんなのアタリマエなのかもしれないと恐れながら、検索してもネット上に類似の記述を見つけることができなかったので、ここで記事にまとめてみようと思った次第です。

まずは、背景部分をニュートラルグレーに設定する基本のカラーバランス調整を説明します。ご存知の方は読み飛ばしてください。

背景を使ったカラーバランス調整

稚拙な作例で恐縮ながら、昨夏に蔵王山で撮影していたバンビの横顔星雲を例に説明します。PhotoShop(以下PS)での処理ですが、使う機能はレベル補正とトーンカーブだけですので、別のソフトでも同じことができると思います)

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これは、Deep Sky Stackerが吐き出したコンポジット後のtif画像に対して、光害カブリの補正だけを行ったあとの画像です。このままレベル補正で上下を切り詰めて強調すると・・・

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Raw現像でホワイトバランスを調整していてもコンポジット後に色の崩れが出ることがよくあります

このようになります。このままでは、背景がほんのり青緑っぽくて全体的に赤茶けています。そこで通常よく行われるのは、ホワイトバランスツールなどを使って、背景(と思われる)部分をニュートラルなグレーにすることです。

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ホワイトバランスの調整

上はPSのCameraRawフィルターの画面です。左上に矢印で示したホワイトバランスツールは、選択した部分がグレーになるように、色のバランスを調整してくれます。これをつかって、グレーであるべきと思われる何もない部分(この場合は写真の中で最も暗い暗黒帯の場所)を選択します。そうするとヒストグラム左端が揃います。

この処理を終えた後で、改めて強調してみると・・・

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暗黒部でWB調整後に強調

たしかに星のない背景部分が青緑がかっていた点は解消しています。いっぽう星の多い天の川の中心部分(画像の左上)はまだ赤茶けて見えます。 この赤茶けた部分が、ほんらい何色であるべきかという議論は、最後に触れることにして、この画像のヒストグラムを見てみます:

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Rが最も太っていて、青が細いですね。ヒストグラムの幅が広いというのは、明るい部分と暗い部分の差が大きいことを意味していて、そういう状態を「コントラストが高い」と呼んでいたわけでした。

そこで、ヒストグラムのピークだけでなく、RGB各色のコントラストも揃っている画像が「良い感じ」の天体写真なのでは?と考えました:

色のコントラストを揃える

今の例では、RとGのコントラストを落としてあげれば、ヒストグラムの形が揃います。それにはトーンカーブを使うのが簡単です。

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トーンカーブの調整。Gに対しても同じことを行う

トーンカーブの調整レイヤーを開いて、チャンネルとしてRを選び、ヒストグラムの左端にアンカーポイントを打った上で、右端の部分を下げて「逆S字」をつくります。こうすることで背景部分のカラーバランスを崩すことなく、コントラストを下げることができます。Gに対しても同様の操作を行います。

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こんな感じのトーンカーブを適用します。すると・・・

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このようにRGBそれぞれのヒストグラムの形を揃えることができました。この状態でレベル補正で強調すると: 

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こうなりました。

わかりにくいので、並べて比較して見ますね: 

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うーん。どうでしょう?

最後に理屈を

説明の途中に、勢いあまって

「RGB各色のコントラストも揃っている画像が「良い感じ」の天体写真なのでは?」

と書いてしまいましたが、これは暴論かもしれません。必ずしもすべてがそうではないでしょう*1

でもなんとなくそういうヒストグラムを持つ天体写真が「美しく見える」ような気がしています。天体写真の色がどうあるべきかという問題は、なかなか一筋縄ではないようです:昨今では、

  • 肉眼で見えないものを可視化しているのだから、「本来の色」なんて結局は定まらない。だからある程度はお好みでよいのじゃないの(軟派)
  • 科学写真であるから、その色にも科学的な根拠があるべき(硬派)

に二分化されているかどうかは知りませんが、わたしはどちらかというと硬派です。今回のバンビの横顔付近の色については

  • 宮城からの撮影では南中高度が低く、そのせいで本来より赤く写っていたのではないか。
  • この記事を読むと、バンビの横顔付近の天の川は、引用記事内の色分布の赤い領域からは外れていて、ある程度白いのではないかな

 というのが根拠です。

以上、長い記事におつきあいいただきありがとうございました。最後に、レタッチ後のの最終版を載せておきます。 

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*1:上の例でいえば,Rのヒストグラムのピーク右脇の太った部分は写真左上の天の川部分に対応しています。ここのヒストグラムをGBと揃えるということは,天の川のハイライト部分をバックグラウンドに近いニュートラルなグレーにしてしまうということにもなります。別例として北アメリカ星雲のような対象を考えると,Rのヒストグラムの右脇はもっと低く広く太っているはずで,そこをGBと揃えてしまうような処理は,あきらかに不自然になります。(2/13追記)

Nikkor 85mm F2で天体写真(再び)

昨年の8月ごろ,ヤフオクにて安く入手した表題のオールドニッコールレンズを紹介しました。そこで引用したブログからの受け売りですが,Xenotar型と呼ばれるタイプのレンズ設計が,安価ながらも非点収差や歪曲収差をよく補正していて,天体撮影に向いているという内容でした。

しかしながら,私の使用しているキャノンのカメラでは厳密に無限遠がでない。なのでこのレンズも,夏に北アメリカ星雲を撮影して以来,お蔵入りしていました。

メーカーの異なるレンズとカメラを接続するマウントアダプターは,その性質上「メーカー純正」はあり得ないわけです。オールドニッコールにしてもマミヤレンズにしても,アダプタを使う以上「無限遠出ない問題」みたいなトラブルは持病みたいなものです。

強引な解決策

多くの場合は何らかの方法でバックフォーカスを伸ばしてあげると「無限遠出ない問題」は解決できる(と思う*1)。例えば,クリップタイプの光害カットフィルターを使うと,無限遠が出るようになるというのは,後玉とセンサー面の間に屈折率の高い物質があることで「光路長」がのびるからでしょう。というわけですので,下の写真のような工作を行いました。

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Nikkor 85mmのマウント部にレンズ保護フィルターを接着!

ガラスが取り外せるタイプの39mm径のレンズ保護フィルターを持ってきて,そのガラスを後玉面に接着剤で固定しました(!)。ついでにマウント面に邪魔な出っ張りがあったので,それはヤスリで削り落としました*2(!!)。これで無限遠がよゆうで出るようになりました。

でもこんな雑な作業,安いレンズだからできることです。笠井トレーディングには「焦点引出(Focal Point eXtracting)」フィルターという製品がありますが,これのカメラクリップタイプを作ったら,結構売れるのではないでしょうか?すでにあったりしたら,すぐに買うと同時にこのような強引な手段をとったことを後悔いたします。

ふたご座の足元付近

ともあれ,無限遠がでるようになったNikkor85mm で撮影したふたご座の足元付近の星野写真です:

Around a foot of Castor (Gemini)

Date: 1st. Feb.. 2019, 25:00~
Location: Iidate, Fukushima
Camera: Canon 60Da
Optics: Nikkor 85mm F2(->F4)
Exposure: 240sec. x12(ISO1600)
Guide: Kenko SkyMemoR
(リンク先のほうが画像がシャープです...)

この領域,面白いですね。モンキー星雲(NGC2174)とかクラゲ星雲(IC443)ってここにあったのか,双眼鏡で見えるM35以外は知りませんでした。

レンズはF4まで絞っています。周辺像は満足できるレベルです。輝星の周りに若干赤滲みがでて,それはPhotoShopで処理していますが,ピントの調整で解決するかもしれません。強引に保護フィルターを取り付けたことの悪影響は多分ないようです。

*1:顧問は物理学科を出たというのに,レンズの光学的な仕組みがよくわかっていない。単なる経験則です。

*2:37mm径の保護フィルターも市販されているのでそれを使えば削り落とす必要はないかと予想します。

オリオン大星雲M42,M43

2月になりました。天体写真の冬シーズンはオリオン大星雲を締めくくりにしようと思ってまして、ようやく撮影しました。いつものはやま湖にて。学生たちは来週から期末テストなので、顧問一人です。

M42はこの時期だと南中するのが20時くらい、ちょっと遅きに失したようです。高度がそんなに高くないので、日付が変わる前には南西側の丘の向こうに没してしまって、15枚しか確保できませんでした。先日のカモメ星雲の撮影と同じ過ちを犯しているではないか。

Orion Nebula

Date: 1st. Feb.. 2019, 21:30~
Location: Iidate, Fukushima
Camera: Canon 6D
Optics: Mamiya Apo Sekor 500mm F6
Exposure: 360sec. x 15(ISO3200)+ 90sec. x 5(ISO1600) + 20sec. x 5(ISO800)
Guide: Kenko SEII with PHD2, dithering

追記:あと1〜2時間くらい撮影できていたらなと後悔。来年は正月に撮影することにいたしましょう。あと、PHD2とBackyardEOSの連携でのディザリングは、移動の間隔が大きすぎて若干構図に影響してしまう。次回は半分以下に落とす。

ところで、この日は珍しくはやま湖が天体撮影の方々で賑わってました。いつもだと私とカノープスさんしか来ないのに。仙台からの若い方がいらしていて、立派な機材で撮影されてました。ちょっとしかお話しできませんでしたが、またどこかでお会いできるでしょう。

夜半を過ぎると、すっかり春の星座になって、単焦点では撮影対象がありません。雲も多くなってきて、まわりの方々はつぎつぎと撤収。顧問は一人残されました。しかしカノープスさんが帰った後なぜか晴れて*1、Nikkor85mmF2のテストを兼ねて、双子座の足元あたりの星団を撮影しました。その結果はまた次回。

 

*1:失礼ながら、このパターンは3回目。

プラネタリウムの展示会を行いました

本校の天文部、学生たちの活動の中心はプラネタリウム作りだったりします。その詳細は本ブログの上の方にリンクを貼っている、プラネタリウム班(以下、プラ班)のTwitterをご覧いただければとおもいますが、ここ数日更新がない様子ですね。

じつは先日の日曜日に、プラネタリウムの市民向け展示会がありました。その直前まで、部内は混迷と繁忙をきわめて阿鼻叫喚。Twitterの更新などしている余裕がないようです。どうやら告知もなかったようですね(すみません)。

そんなわけですので、こちらでプラネタリウム展示会の様子をちょっと報告しますね。

プラネタリウム展示会のご報告

本校がある名取市では、2011年に震災の被害がありました。プラ班の活動も、震災で分断された市民のコミュニティーづくりに一役担えればとの思いもありまして、震災復興関連の助成金をうけて制作されています。

今回のプラネタリウム展示会は、名取駅の東口に建設された復興再開発ビルの「増田公民館ホール」で行われました。

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会場前には、ちょっと行列も

 

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4mドームは農業用シートで作りました

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会場の様子


主な展示は、

  • 4mドームのプラネタリウム
  • 小学生向けの天体クイズ、
  • 名取市図書館の協力による天体関連図書の陳列
  • 顧問による天体写真制作の展示

でした。会場前は行列のできるほどの盛況で、プラネタリウムだけでなく、小学生向けクイズなども人気だったようです。天体写真制作展示は、DSSは無料だとかフラット補正がどうとか書いていたせいで、マニアックすぎて不評だったとか。

次回、また開催するためにはいろいろと反省すべき点もあります。体制を立て直して頑張ってほしいものです。

望遠鏡で見た銀河の様子を再現する

今週末には,天文部プラネタリウム班のイベントがあります。顧問の私も,おてつだいとして展示物の準備などしております。

その過程で表題の件,銀河を望遠鏡で見たときのあの淡くぼんやりしたイメージを画像として使いたいなと思い至りました。

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撮って出しのM33

これは昨年に撮影していた,M33の写真です。当然ながら眼視ではこんな風には見えません。これをPhotoShopで加工して,眼視のイメージに近づけることはできないだろうか?こんな風に処理してみました・・・普段の画像処理の全くの正反対です:

  • レベル補正でダークスライダを持ち上げ,中央スライダを下げて画面を暗くする。
  • 星マスクで星を保護した上で,銀河にガウスぼかしをかけて,ディティールを潰す。
  • さらに彩度を下げて,色をモノクロに近づける。

そうして出来上がったのが,下の画像です:

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実際は,もっと淡いかなー。以前,標高1100mの蔵王山駐車場にて,30cmのドブソニアンで見せてもらったM33が,だいたいこんな感じだったような。ぎりぎり,銀河の腕がS字に分解して見えていたのを覚えていますした。わりと,よく再現できて満足。

M106周辺の星野写真

「星野写真」という言葉を聞かなくなった気がします。

星野という言葉の意味も(読み方すら*1)実は判然としないのですが、それが文字通り「恒星の野原」といった意味合いであるとしたら、おそらく天体写真がデジタル中心になってから、淡い星雲や分子雲が注意の的になって、星そのものは脇役に追いやられてしまったからなのかなと考えます。

先日、はやま湖でSeagull星雲が沈んだ後の空き時間で撮影しました。250mmのレンズでのM106の周辺の様子です。こういう写真を「星野写真」と呼んでいいのでしょうか。

M106 and the surroundings

Date: 13 Jan. 2019, 25:30~
Location: Iidate, Fukushima
Camera: Canon 6D
Optics: Mamiya Apo Sekor 250mm F4.5
Exposure: 300sec. x 8 (ISO2500)
Guide: Kenko SEII with PHD2

もしお時間がありましたら、リンク先に飛んでいただいて、ピクセル等倍でご覧ください。この周辺には実に無数の銀河が見えていることがわかると思います。WikiSkyを参考にして、カタログ番号を書き込んでみました:

M106 and the surroundings with the galaxy numbers

これほど無数に見える銀河の中に、はたしてどれほどの知的生命が存在していて、そこで栄えている文明のなかで、どんな悲喜劇の歴史が展開されているのだろう?なんて考えると本当に不思議な気分になります。

*1:せいや」それとも「せいの」、まさか「ほしの」だったりして

SeagullとThor's Helmet星雲@はやま湖

前置き

曇ることを覚悟して撮影に行かないと,良いシーイングには恵まれません。というのは大気の状態が安定しているときは,雲も発生しやすいことが多いからです。反対に冬場の安定した晴れ間では,たいてい星はパタパタと瞬いています。

大気の状態が悪ければ、いくら空が綺麗に晴れていても良い結果にはならないことは明らかで、それでも長焦点撮影の重い機材を背負って、曇り覚悟で撮影に出かけるというのはなんとも辛い話です。

要は毎夜々々,命を削って遠征撮影を重ねなければ良い写真は撮れないということですね。顧問は最近,福島県の山中に土地を買って,私設の観測所を設けることを妄想しておりますよ。

SeagullとThor's Helmet星雲

さて,12日の夜は曇りの予報でした。

GPVよりも,かのーぷすさんの経験を信じて撮影に行ったところ,夜半から綺麗に晴れました。シーイングも良かったみたい。ところが気合の足りない私は,250mmのレンズしか持ってきていませんでした。

「MT-200でM81を撮影したかった・・」

と後悔しながら,カモメ(Seagull)星雲とトールのメット星雲がひとつに納まる画角で撮影しました*1

seagull nebula and Thor's Helmet

Date: 13 Jan. 2019, 24:00~
Location: Iidate, Fukushima
Camera: Canon 6D
Optics: Mamiya Apo Sekor 250mm F4.5
Exposure: 300sec. x 12 (ISO2500)
Guide: Kenko SEII with PHD2, dithering,

覚書:

  • 先日の記事にも書いた通り,気温が低かったせいでApo-Sekor250mmレンズのピントが出ていません。わずかに「前ピン」です。おそらくそのせいで強調していくと,星に緑のハロが目立ってきました。PhotoShopのCameraRawでかなりを取り除きましたが,それでもすこし残っていて,全体的に星像が汚く感じます。とくにカモメの「胸」のあたりは,星の周辺が落ち窪んでみえています。星マスクの使い方が悪い時,よくこういう結果になりますが,この写真に限って言えば強調する前から落ち窪んでいた。ピンズレのせいだと思いたい。
  • はやま湖は南に高い林があって,南中高度の低いこの領域は撮影しにくい。実は最後の1枚は,写真の右側1割ほどが木々に被っていました。Kappa-Sigmaでスタックしたら消えたので,そのフレームも使っています。あと3メートル東に陣取れば,あと5枚は撮影できたのに。
  • Seagull星雲の周辺の青は,60Daよりもよく出たような気がします。
  • あいかわらず,赤い星雲がマゼンダに傾くのはなんでだろう。上の写真では色相を赤に振っている。

 

*1:カノープスさんは800mmの反射でM106を撮影し,良い結果だったみたい。やっぱりシーイングが安定していたのですね。