天文はかせ幕下

仙台高専天文部の顧問が、日々の天文活動や天文情報を綴っています。

自分で撮影した画像をリファレンスとしてMGCを行う

今回の話の前置き

MGCは、Pixinsightの開発チームがスペインの天文台で収集している全天のMARS (Multiscale All-Sky Reference Survey)のデータをリファレンスとして行うカブリ補正機能です。

SNSで皆さんの使用例を拝見しますと、光害の強い地域で撮影されたかなり複雑なカブリでも、ばっちり補正されていて、この方法はかなり強力なようです。

しかしながら、MARSのデータはまだ全天をカバーしていなくて、MGCはどの領域の撮影データに対しても隈なく使える状態ではありません(2025年1月現在)。また、用意された外部データベースを利用して補正するという方法は、なんだか一線を越えてしまっているようにも感じます。つまり、「それって自分で撮影したことになるの?」という疑問が湧いてきます。

後者は個人のこだわりの問題ではあるのですが、MGCにはこれらを同時に解決する方法があって、つまり自分で撮影したデータをリファレンスに使用すればよいのです。やり方もとても簡単なので、まずはその方法を記します。

参考:前回の記事

自分で撮影したデータをMGCのリファレンスにする

例として、キャリブレーションとスタックを済ませた直後のIC417付近の画像を用います。

IC417付近。この画像のカブリ補正を行います

これは、f=620mmの焦点距離APS-Cの画角で撮影したものです。画角の左右方向にカブリの影響があるのが分かると思います。

リファレンスとして使うのは次の画像です。

補正のためのリファレンス画像。赤枠がIC417付近

IC417付近を撮影している赤道儀の横で、EOS6Dと135mmレンズの組み合わせをSkyMemoRに載せて撮影しました。これもキャリブレーションとスタックを済ませた直後の画像です。画像中の赤枠がIC417付近になります。

すでにお気づきかと思いますが、このリファレンス画像自体にも光害カブリの影響があります。なのでまずは、このカブリを取り除く必要があります。この点は難しく考える必要は無くて、中心付近の赤枠部分だけがフラットになれば良いだけなので、簡単な補正で十分です(この考え方がMGCの重要なポイントでもあるので、このエントリの最後にもう少し補足します。興味があればご覧ください)。ここではABE(Automatic Background Extractor)を1次関数の引き算で適用して、簡単に処理しておきます。

ABEの設定

ABEを実行して次の画像が得られました。

補正のためのリファレンス画像。ABE実施後

そうしたらMGCを実行します。

準備として、カブリ補正を実行する画像とリファレンス画像の両方をImage Solverでプレートソルブし、SPFC (Spectrophotometric Flux Calibration)を実施しておいてください。

MGCを開き、"Reference Image"にチェックを入れます(そうするとMARS Databeseのファイル指定欄が暗転します)。リファレンス画像を指定してからMGCの三角マークをDrag & Dropして実行します。これでリファレンス画像を元にして、カブリ補正が実行されます。

MGCでのリファレンス画像の指定(綴り間違ってた

MGC実施後の結果です。カブリはキレイに補正されているように見えます。

また次の画像は、リファレンス画像の同じ領域を拡大したものです。背景の輝度と色に注目すると、MGC実施後の上の画像とほぼ一致しているのが分かります。

 

MARSのデータを使った場合との比較も行ってみました。

MARSを利用したMGCと自作のリファレンス画像を使用したMGCの結果の比較

かなり強めの強調をすると、けっこう差があるのが分かります。

リファレンス画像のカブリ補正をABEで簡単に済ませたせいでしょうか?そこで試しにGradient Correctionをつかってリファレンス画像のカブリをさらに補正してからMGCを行ってみましたが、結果はほとんど変わりませんでした。

どちらがより正しい補正になっているのかは、これだけではハッキリしませんので、判断は保留にしておきたいと思います

最後に、

  • 元画像
  • MARSを使用したMGC
  • 自作のデータを使用したMGC
  • GC

の四つを並べて比較したものを載せておきます

補足:リファレンス画像のカブリ補正が簡単でよい理由

…について書きたいと思います。なお以下の内容は、MGCの考え方を解説したPixinsightのサイトにも説明があります。

ここでは要点を絞って図を使って説明します。基本的には、微分積分の関数の近似とかテイラー展開の考え方と同じです。

下の図はMGCのカブリ補正に用いるリファレンス画像の輝度の分布を1次元で簡略的に表しています。ABがリファレンス画像の写野、abが被り補正を実施する画像の写野であるとします。黒い太線は、カブリによって写野の輝度が変化している様子を表しています。ここでは、右からの光害カブリがあって、さらに周辺減光も補正しきれてないような極端に複雑な輝度の分布をイメージして曲線を描きました。

経験的には、カブリの変化の空間スケールは写野の広さと大体同じくらいです。たとえば横が3980pxの画像を撮影した時は、カブリの輝度の変化はひどい場合でも1000px程度の範囲に渡っている場合がほとんどです(これがもし200pxとか極端に小さいとなったら、それは近くの街灯の迷光など撮像のエラーを疑うことになります)。

ですので、abの範囲がリファレンス画像の写野にくらべて十分に小さければ、ab内のカブリは非常に単純になるはずです。その様子を次の図に描いてみました

ピンクの枠内を拡大した”abの拡大図”をみるとわかるように、ab内の輝度の変化はほとんど直線的です。

ですので、MGCに用いるリファレンス画像に光害やフラット補正のエラーの影響が残っていたとしても、単純な勾配補正を行えば一般的には十分だということができます。

補足の補足:MGCの適用範囲

以上のことからして、MGCを適用する場合、長焦点で撮影された画像がより適切に処理されるはずです。

PixinsightのMARSプロジェクトのサイトによると、MARSのデータは135mmと35mmのレンズで収集されているとのことで(だだカメラのセンサーサイズの記述は見つけられませんでした)、MGCを適用にあたっては、これらの写野よりも画角が十分に狭い画像を処理することが前提になると思います。

単純に考えて35mmより広い星景写真のような画像は、多分うまくいかない気がします(ためしてませんが)。またリファレンスとして135mmと35mmのどちらが使われるかによって、結果も変わってきそうその辺のことも少し気になるところです。