ちょっとしたご縁があって、最近RICOHの方が立ち上げられた天体写真サービスをモニター利用させてもらいました。
RICOH社天体撮影サービスとは?
このサービスでは、オーストラリアに設置されたリモート望遠鏡での天体撮影を、時間あたりの料金を支払って「注文」することが出来ます。撮影機材はPlanewave社製口径50cmの大望遠鏡(Planewave20"CDR)に、FLI社製の36mm角センサーの冷却CCDカメラ(PL09000)が取り付けられた超ハイエンド。撮影地も有名なサイディング・スプリング天文台の近くにあり、素晴らしい環境です。
注文フォームから撮影の構図と露光時間を指定すれば、数日後にキャリブレーション済みのライトフレームが送られて来る、という仕組みです。観測タイムが与えられて、望遠鏡を直接扱えるわけでないですが、研修も操作方法を覚える必要もないので、気軽に利用できるメリットもあります。
似たサービスとしてよく知られているiTelescopeに対して、お金のやり取りやサポートが日本語なのも安心です。またほかにも、撮影した写真の額装や後処理の代行、教育機関向けの電視観望などのオプションのサービスも注文できる点は新しいと思います。
以上がざっくりとした説明です。詳しくはコチラのサイトをご覧ください
https://ivory663814.studio.site/
また、蒼月城さんの動画でもわかりやすい説明を視聴することができます
Kさん、まつのりさんのブログでも、同サービスを利用しての感想が記事になってますので、そちらも併せて参考にしていただければと思います
morinoseikatsu2.hatenablog.com
今回のモニター期間は、今年の12月まで延長中とのことです。コチラから申込できますのでご興味あればぜひご検討下さい
https://indigo257803.studio.site/
実際に利用してのレビュー
撮影カメラのPL09000は36mm角の正方形のセンサーを搭載しています。この時期、画角にぴったりな対象としてくじら座のM77とNGC1055を選びました。
これらは比較的に淡い銀河で、画角外のくじら座γ星の迷光の影響をうける可能性もあり、結構厳しめの課題です(実はそれと意識したわけでなく、撮影を依頼した後に気づいた次第です)。単純な日の丸構図でない点も、画像処理でのゴマカシを難しくします。
撮影データは、Lを85分、RGBを各40分、トータル200分を提供していただきました。早速、結果はこちらになります。
date: 2024-10-6,7
location: Siding spring, Australia
Optics: Planewave 20" CDK (RICOH 天体写真 service)
Camera: FLI PL09000
(RICOH 天体写真 service)
Exposure: 180s x 28f(L), 180s x 13f(RGB), -25deg.
Processing: Pixinsight, Photoshop
全体像だけだと分かりにくいので、各銀河をアップで見ていきましょう。撮影データは2倍のDrizzle処理をしております、
まずはNGC1055です。BXT使用済みと未使用でそれぞれ見てみます。
おおー、これはズゴイです。口径50cmの威力をまざまざと感じます。暗黒帯の詳細がかなりしっかり出ていて、露光時間が90分の割には周辺の淡い腕もよく出ていると思います。銀河の左側にホットピクセルの消え残りが目立っていました。これはCosmetic Correctionを使えば消えてくれると思います(今回はやっていませんでした)。
次にM77です
こちらも暗黒帯の詳細がよく出ています。この銀河は、中心部と周辺の腕の輝度差がかなり大きいので、銀河だけを選択するマスクを施した上でPixinsihtのHDR Multiscale Transformを適用して輝度を圧縮しています。BXTありの方はいい感じに見えますが、ちょっとシャープネスを上げすぎだったかもしれません。なしとありの中間くらいに調整した方がよかった。
NGC1055近くの明るい星もアップにしてみました
小さい星をみると、BXTなしの方は歪みがあるのがわかります。光条はBXTなしでもとても綺麗で、色の干渉縞の感覚も適度に長く彩度強調がしやすいです。あとこれは最後に触れますが、CCDセンサーの特性なのか色のりがすごく良く感じました。
まとめ
アマチュアの撮影機材とは一線を画す性能
私にとって、50cmもの大口径の望遠鏡で撮影したデータに触れるのは初めての経験で、特に銀河の細部の描写では普段使っている20cmクラスの筒との大きな差を感じました。まあそれは当然と言えば当然ですね。
それに対して意外だったのは、冷却CCDカメラPL09000の特性です。普段使っている冷却CMOSカメラ(ASI294MMや2600MM)と比較して画像処理での色の出方が全く違いました。PL09000の方が色がよく出ます。このカメラは1ピクセルが12μmと非常に大きく、その分ダイナミックレンジが広いので、明るい星の色が残りやすいのかもしれません。それ以外にも(理由ははっきりしませんが)発色が全然違う印象があって、彩度の強調をしなくても色が自然に出てくると思いました。PL09000と最近のASIカメラの性能差ははっきりしないのですが、FLIの冷却CCDカメラが利用できるのもとても魅力的だと感じました。
モニター利用で感じた現状の問題点
一方で、まったく問題がないわけではありませんでした。データのキャリブレーションが完全でなく、いただいたデータでは背景の輝度ムラが目立ちました。これについては、上に示したリンク先で蒼月さんやKさん、まつのりさんも指摘されています。とくに残念だなと思ったのは、RAWデータとキャリブレーション済みのデータを比較すると、後者の方がSNRが悪化していることです。また、くじら座γ星からの迷光の影響もありました。しかしこれらは致命的な欠点では決してなくて、我々のフィードバックによって十分に解決が可能な問題だと思います。
今回示した作例では、エラーが目立たない程度の控えめな画像処理に抑えています。もしエラーがなければ、同じデータをつかって遥かに豊かな銀河の姿を描出できたと思います。つまり、まだまだ撮影データのポテンシャルを出しきれておらず、100%のデータが得られるようになればいったいどんな結果に成るのかも楽しみです。その意味で、ぜひもう一度利用してみたいところです
天体写真を「注文」する感覚について
自分で体を動かして撮影するのではなく、お金を払ってデータだけを買うというシステムは味気ないのではないか? これは今回利用したサービスに限った話ではなくて、私がチリでのリモート撮影を始める前にも感じていたことです。正直に言えば私にとって、リモート撮影で得られたデータへの愛着は、遠征のそそれよりも弱いです。ですが自分の場合、遠征だけでなく画像処理そのものも十分に楽しんでいて今ではそれが生活の一部でもあると感じています。
天体写真では、画像処理を積極的に楽しんでいる人はあまりいないような印象ですけど、どうなんでしょうね
— だいこもん (@pochomskii) 2024年10月24日
ツイッターでこんなことを書いてみたら、少し反響があって「私も画像処理だけ楽しんでいるよ、他人の撮影結果でも処理したい」とか「画像処理よりも撮影の方が苦しいし楽しくない」なんて反応すらありました。そういう方にとってはRICOHの天体写真サービスを利用して、アマチュアでは到底手の届かない機材を使って天文を楽しむという趣味のあり方*1も、十分にアリだろうなと思います。
それでは以上ですー。
サムネ用
*1:有名なAdam Block氏も、実はそういうスタイルなのだと、どこかで聞いたことがあります