天文はかせ幕下

仙台高専天文部の顧問が、日々の天文活動や天文情報を綴っています。

シーイングを考慮した望遠鏡の口径と分解能の関係(理論・考察編)

概要

前回の記事の理論編です。

この記事は、望遠鏡の分解能と口径の関係を空のシーイング状態ごとに求めるのが目的です。一部、理工系の大学の1・2年程度の数学が出てきますが、丁寧な記述を心がけましたので、適宜飛ばしても読んでいただけると思います。11年間の本ブログ史上最長の記事になりました。

結果だけをまとめた前回の記事はこちら:

前提として、シンチレーションの原因になる大気の揺らぎは、上空、地面付近、筒内と様々ですが、ここで紹介する議論では、それらを一つのパラメータ(フリード長)で表しています。以下は参考文献です。

Seeing and aperture (<-正直読みにくい)

THE TELESCOPE POINT SPREAD FUNCTION - IOPscience

分解能の定義

まずは望遠鏡の分解能の定義について簡潔にまとめます。

お互いに近接した二つの点光源(星)を望遠鏡で撮影したとします。二つの点光源が徐々に近づいていくと、いつか重なって分解できなくなってしまいます。どのくらい近づいても分離可能かは望遠鏡の性能によって決まってきます。よってそのギリギリの距離を、望遠鏡の分解能、と定義します。

図1:二つの近接した星の像。ギリギリ二つに見える
角度を分解能と定義

天球上の二つの星の距離は角度で表しますので、分解能の単位はラジアンあるいは秒角です(以下の議論でも、星像の大きさや分解能はすべて角度で表します。)図1からわかるように、星が小さく写るほど分離がしやすいので、分解能は星像の大きさに比例します。

理想的な星像:エアリーディスク

簡単のために、大気の揺らぎや収差が無い理想的な状況を考えましょう。そのような場合に、観察される理想的な星の像をエアリーディスクと呼びます(図2)。

図2:エアリーディスクの直径

回折によって縞々模様が出ますが、便宜的に一番内側の暗線の距離を直径と定義します。この直径は望遠鏡の口径 Dと光の波長 \lambdaだけで決まり、

 \delta_{\rm Rayireigh}=1.22\displaystyle\frac{\lambda}{D}[\rm rad]~~~~~~~(1)

となることが光学的な計算でわかります(この直径の単位は角度ですので注意)。この大きさは、その口径の望遠鏡が実現する分解能の理論的な上限を表すので、レイリー限界と呼ばれます。

エアリーディスクのPSF

星像の輝度(カウント値)と、天球上で星の中心から測った角度\thetaの関係をあらわす関数をPoint Spread Functionといいます。エアリーディスクのPSFをI_{\rm Airy}(\theta)とすると、これはBessel関数J_1(x)を用いて

\displaystyle I_{\rm Airy}(\theta)=\left(\frac{2J_1(\pi D\theta/\lambda)}{\pi D\theta/\lambda}\right)^2

と表されます。これは波動光学を用いて直径Dの穴を通って投影された光の強度を表しているのですが、恥ずかしながらこれを書いている顧問もちゃんと導出をしたことはありません。ここではそういうものだと思っておきましょう。I_{Airy}(\theta)はグラフにするとこんな形です

図3 エアリーディスクのPSF

星像の輝度の分布は、このグラフを縦軸を中心にしてぐるっと一回転させたものです、その体積は星からやってくる光の総和で、フラックスと呼びます。これは次の積分で表されます

\displaystyle 2\pi\int_0^\infty I_{\rm Airy}(\theta)\theta d\theta~~~~~~(2)

これは厳密に計算ができて、\displaystyle\frac{4}{\pi}\sqrt{\frac{\lambda}{D}}となります。フラックスは星像がボケても値が変わらないため、この後の議論で重要になります。

シーイングで乱れた星像:シーイングディスク

大気の揺らぎによって星像はぼやけ、肥大したりして悪化します。下の図4には、星からやってきた光が、地球の大気によって乱されながら望遠鏡に到達する様子を模式的に描きました。

図4:大気の影響で光の波面は乱れて伝わる

空気のない宇宙空間を伝わってくる光の波は、形がキレイにそろっていいます。形がそろっているとは、波の腹や節が完全な平面をなしていてそれが進行方向に直角に伝わってくるということです。地球の大気は温度が不均一で場所によって屈折率が異なるために、そこに光が入射すると、それまで平坦だった波面が歪んでしまいます。

波面の乱れと星の写り

では波面が乱れると、星はどのように写るかを考えてみましょう。星は写野の中心に導入されているとして、次の図5を見てください。

図5

まず左の(1)は空気の乱れが無い場合を示しています。この時、星は中心に静止していて、理想的なエアリーディスクを形成しています。次に波面の乱れを考えるわけですが、まずは最も単純なケースとして(2)(3)のように波面が曲がらずに傾いているだけの状況を考えます。これは光が斜めから入ってくるのと同じですから、星は中心からずれて写ります。

以上を踏まえれば、複雑な波面の歪みと星像の関係を場合を理解できます。図6に示しました。

図6

乱れた波面は、様々な傾きを持った波面のミックスであると考えると分かりやすいです。このとき、いろいろな方向にズレた無数の星がお互いにダブって重なりあった像が写るはずです。結果として星はバラバラにボヤけて像を結びます。しかも次から次へ異なる形で乱れた波面が入射するので、図6右の引用図のような星像がパラパラと揺らめいて写るわけです。

乱れた波面の特徴づけ:フリード長

以上のように波面の歪みは、センサー上の星像に影響するわけですが、この歪みを特徴づけるためにフリード長とよばれる量が使われます。フリード長とは、下の図7に示したr_0程度の大きさを持ち、波面の曲がりが無視できる程度の領域の長さを表しています。例えばデコボコした山岳地帯の、ある山の頂上に立っていると考えてみてください。山頂の狭い範囲に限定すれば地形はほぼ平坦とみなせるでしょう。光の波面について、その狭い範囲を表す距離が、フリード長です。

図7:フリード長さの説明

望遠鏡の口径が r_0よりも十分小さければ、開口部の範囲にわたって光は平面なので、シーイングの影響は小さくなります。そのとき、望遠鏡の分解能はおおよそレイリー限界に等しくなります(良シーイングの状況)。反対に、口径が r_0より大きい場合、その望遠鏡は口径r_0の小さな望遠鏡を開口部に束ねた程度の性能しか発揮できません(悪シーイングの状況)。この場合の分解能は、上の(1)式分母のDr_0で置き換えた\displaystyle\frac{\lambda}{r_0}程度になります。乱流の理論をつかってちゃんと係数まで計算すると、この場合の星像の直径は

 \delta_{seeing}=0.976\displaystyle\frac{\lambda}{r_0}[\rm rad]~~~~~~(3)

となり、これがシーイングが支配的な時の望遠鏡の分解能を与えます。 このようにシーイングで決まる星像をシーイングディスク、 \delta_{seeing}をシーイングディスク径と呼びます。

シーイングディスクのPSF

シーイングの影響でボケた星像のPSFは、ガウス関数で表されると仮定します。

 I_{\rm seeing}(\theta)=\displaystyle I_0 e^{-(\theta/\theta_0)^2}

ここでI_0は輝度のピーク値を与えます。

図8 シーイングディスクのPSF

ガウス関数の半値全幅\theta_{FWHM}ガウス関数に表れている\theta_0との関係は

\theta_{FWHM}=2\sqrt{\ln 2}\theta_0=1.39\theta_0

となります。

 

実際の観測では、シーイングの影響が強くなる(=フリード長が小さくなる)につれて、エアリーディスクの星像がシーイングディスクのそれへボケていきます。そのように徐々に変化するPSFの\theta_{FWHM}を求めるのが、この記事の目的でした。

そのためにストレール比という量を考えなければなりません。

ストレール比

シーイングによる星像の乱れは、解像度の悪化だけでなく星のコントラストの低下をもたらします。それを表すのがストレール比です。

下の図9は、シーイングディスク(赤)と、それに対応する(つまりシーイングによるボケがなかった場合の)エアリーディスク(青)を表しています。ストレール比Sは、エアリーディスクの最大輝度を1とした時のボケたシーイングディスクの最大輝度で表します。

図9:青のグラフがエアリーディスクの星像、赤のグラフがシーイングでボケた星像を表す

ストレール比は、星のFWHMに比べて光学的な測定が容易で、シーイング良悪の広い範囲にわたって実験と一致する経験式が知られています。ちょっと複雑ですがこんな形です:

S=\displaystyle\frac{e^{-1/6\phi^{10/3}}}{1+(D/r_0)^2}+e^{-\phi^2}~~~~~~(4)

ここで\phiは光の破面の乱れの振幅を表していて(図7参照)、これも乱流の理論をつかって求められていて

\phi^2=\Delta_N\displaystyle\left(\frac{D}{r_0}\right)^{5/3}~~~~~~(5)

と表されるそうです。この\Delta_Nの値は、星の揺らぎが十分に平均化される長秒露光で1.03、反対にシーイングに寄与する上空の風速Vを使ってr_0/V程度の短秒露光で0.132となるそうです。この辺りの詳細については、文献*1を参考にしています。

シーイングを考慮した、口径と解像度の関係式

以上で準備が整ったので、シーイングでボケた星像のFWHMを求めてみます。この星像のPSFも、ガウス関数であると仮定します。対応するエアリーディスクのピーク値を1とすれば、ガウス関数のピーク値はストレール比Sで与えられるので

 I_{\rm seeing}(\theta)=\displaystyle Se^{-(\theta/\theta_0)^2}

このPSFのフラックス、星像がボケる前と同じ値をもつので、(2)式の積分結果より\displaystyle\frac{4}{\pi}\sqrt{\frac{\lambda}{D}}です。よって

 \displaystyle 2\pi \int_0^{2\pi}Se^{-(\theta/\theta_0)^2}\theta d\theta=\frac{4}{\pi}\sqrt{\frac{\lambda}{D}}

この左辺の積分を実行すれば、\theta_0について

 \theta_0=\displaystyle\frac{2\lambda}{\pi D\sqrt{S}}

が得られます。ここに式(4)を代入すれば、\theta_{FWHM}を与える表式は次のようになります。

\theta_{FWHM}=\displaystyle \frac{1.06(\lambda/D)}{\sqrt{ \displaystyle\frac{e^{-1/6\phi^{10/3}}}{1+(D/r_0)^2}+e^{-\phi^2} }}~~~~~~(5)

プロット結果の再掲載

以下では分解能≒\theta_{FWHM}とします。シーイングによる星の揺らめきが十分に平均化される長秒露光( \Delta_N=1.03)について、(5)式をそれぞれのフリード長でプロットすると次のグラフのようになります

 

またシーイングによる揺らめきが止まって見える程度の短秒露光( \Delta_N=0.13)で、星の位置補正を行ってスタックした場合は以下のようになります。

これらのグラフの解釈については、冒頭にあげた前回の記事に書きましたので、ココでは省略します。

その他考察

悪シーイング下の短秒露光で小口径の分解能が高くなる理由

いまシーイングが悪いので、望遠鏡に到達する波面は図10の(5)に示したように歪んでいます。波面は望遠鏡の開口部でいろいろな傾きを持っているので、図6(4)と似た状況で星はダブってボケて写ります。

図10

この状況で(6)のように絞りを入れて口径を小さくしたとしましょう。絞りを十分小さくとれば、開口部の狭い範囲で波面は「傾いた平面」と見なせます。すると上の図5(1)(2)と同じ状況ですから、星はダブることなく位置だけがズレて写ります(実際には波面はすこし曲がっているので星はわずかにボケて写る)。波面の形が時間とともに変化し傾きが変われば、(5)に比べればシャープな星がウロウロと動き回って写るはずです。

この状態で長時間露光を行うと、動きまわる星を平均することになるので、星像は絞りを入れる前と同じです。しかし十分な短秒露光で撮影すれば、星は止まって写り、(5)よりも(6)の方が断然シャープなはずです。これが小口径の方が大口径より分解能が高くなる理由です。

マチュア向けのAOガイドは平面プリズムをプルプル振動させて、傾いた波面を補正します。その周波数が十分ならば(6)の状況では非常に有効はハズです。

「短秒露光」とはどれくらいか?

シーイングでゆらめく星が止まって写るにはどれくらいの露光時間を絞る必要があるでしょうか?これはAOで必要になる周波数とも関係して重要です。

これは物理の次元解析的な発想で考えることができると思います。その夜のシーイングを支配している空気の流速をVとして、これとフリード長から決まる時間 T=r_0/Vが大体の目安になります。例えばフリード長3cm、風速10m/sを仮定するとT=0.003秒となって、周波数で言えば333Hzです。

一方でstarlightExpress社の最近のAOをみてみると、追尾速度は5msだそうです。

5msで写るガイド星が見つかるかどうかという問題もありますが、アマチュアが手にいれることのできるAOでもそこそこの効果は見込めるのかもしれません。

近赤外の撮影の優位性

以上の結果は可視光\lambda=550nmを前提にして計算していまいた。天文学辞典によればフリード長は波長の6/5乗に比例するので、近赤外\lambda=720nmの撮影では約1.4倍になります。シーイングが可視光では平均的な状態でも、近赤外なら良い部類にはいることになり、上のグラフをみてもその効果はかなり大きそうです。また、フリード長が長くなるぶんだけAOに必要な速度も遅くなるメリットもあるので、近赤外での分解能の向上はぜひ試してみたいところです。

その他関連する他の記事など

かなり以前の記事ですが、ほしぞloveログのSamさんがラッキーイメージングの文脈で、所有される各鏡筒ごとの星像について「スポットダイアグラムの各点がエアリーディスク径をもって広がっている星像がシーイングで動き回る」という描像で考察されていて、参考になります。引用記事中でMEADEの25cmシュミカセの星像が露光時間によってほとんど変わらないのは、25cmの口径がその夜のシーイングのフリード長よりも十分大きかったためであろうと考えます。

スタパオーナーさんのブログにも、口径とシーイングの関係についての記事があり、これは顧問がはじめにこの問題を認識したきっかけでした。

40cm望遠鏡も100%口径分の見え方をしたのは、この数年に1~2度あるかないかです。

とのことです。数年に1〜2回とは驚きで、日本での大口径運用の厳しさがよくわかります。

まとめ

顧問はこれまで、明るさ重視で比較的口径の大きい筒を遠征で使ってきました。

この考察で新たに見えてきたのは、10cmくらいの長焦点屈折にAOつけて銀河を撮るスタイルです。近赤外なら光害の影響も小さいので、庭先でそんな撮影をするのも楽しそうです。

まとまってませんが、以上です。ありがとうございました。

謝辞

X(旧Twitter)上で、Rambさん、JH3SWRだよもんフレンズは在宅BSD仕事したいさん、ねじまきさん、Lambdaさん、山田哲司/starstyleさん、カエル教教祖さんのコメント・議論が参考になりました。ありがとうございました。

サムネ用画像

 

*1:

René Racine, Publications of the Astronomical Society of the Pacific, 108, pp.699-705 (1996)