ことの起こり
星沼会のメンバーのyanamodakeさんは、最近の流行よりもかなり以前からリモート撮影をされています。氏の天文ドームはとても慎重に設計されていて、地表付近の熱の影響を抑えるために約3mの高床式になっており、複数の換気扇が、最適なドーム内気流を実現するよう計算された位置に備えられています。一度写真を見せてもらいましたが、木々の放射も考慮して周辺はきれいに整えられていました。
それでも、満足な星像が得られる夜は、年間通して数えるほどしかないそうです。
「眼視していると筒の横に手をかざすだけで、星がぐにゃーって歪むんですよ」
「えええ、マジすか」
って、正直はじめは半信半疑でした。ちょっと大袈裟なんじゃないの?、と思っていたのです。
氏が運用されているのはCelestoronのEdgeHD1400。口径35.5cm、焦点距離3910mmの、アマチュアとしてはかなり大型の望遠鏡です。
たしかに大口径の望遠鏡ほど、上空や地表付近の温度差と気流の影響を受けやすいと聞いたことがあります。氏の話を聞いたことがきっかけで、望遠鏡の口径、シーイング、分解能の関係に興味を持ち、計算してまとめてみました。以下のウェブサイトと論文を参考にしました:
沖田さんのDIMMのノート https://www.astr.tohoku.ac.jp/~h-okita/report/dimm/tohokudimm.pdf
主な結果を要約しますと、シーイングの影響は大口径で顕著に表れます(つまりyanamodakeさんの観測所のような詳細な設計はやっぱり重要)。日本の平均的なシーイング下では、口径15cm〜20cmくらいで分解能は頭打ちになり、それ以上の大口径ではシーイングに支配されてしまう結果です。また興味深いことに、傾斜補正を行いつつ短時間の露光をスタックする撮影では、分解能において小口径が大口径を上回ることもあるようです。
計算の理論的な面は別の記事で詳述しますので、ご興味があればご覧ください。
計算の方法(超ざっくり説明)
シーイングの影響が皆無な場合に、センサーに投影される星像はエアリーディスクと呼ばれます。望遠鏡の分解能はディスクの直径(≒レイリー限界)で与えられると仮定し、それがシーイングによってボケた場合のPSF関数をガウシアンとしています。星像がボケる前後のフラックスは保存されることから、ストレール比とフリード長さを関係付ける観測から得られた経験式を用いて、各フリード長さ毎にガウシアンのFWHMを算出しました。
計算の結果
シーイングによる星の揺らめきが十分に平均化されるような長秒露光と、揺らめきが止まって見えるような極端な短秒露光に分けて結果を示します。グラフはシーイングによる光の乱れを特徴づける「フリード長さ」ごとにプロットしてますが、だいたい次のような分類です

日本の平均的シーイングについては、参考にするサイトによってばらつきが多いので、上の表はあくまで参考程度の値となります。
長秒露光の場合

日本の比較的良シーイングを前提としても分解能は口径20cm程度で頭打ちになり、それ以上の大口径を用いてもシーイングに支配されて解像しないことになります。30cmクラスが性能を発揮するには、1秒角程度の良シーイングが求められることになります。
ただし、このグラフは鏡筒がレイリー限界の分解能を実現することを前提としています。現実的な収差などを考えると、特に30cm前後の大口径で分解能が頭打ちになるのがもう少し右側にシフトするかもしれません。一方で、最近のAskarのSQMシリーズのような10cm前後の筒では、幾何光学的なスポットダイアグラムがほぼレイリー限界に迫っているので、分解能はほぼグラフ通りといって良いのではないかと考えます。
Twitterでは以前、おののきももやすさんが興味深い比較をされていました
VSD90SS対HyperStar11で比較してみる。網状 HOO
— おののきももやす@意識を低く保つ (@tjm8874) 2024年6月11日
1 VSD90SS 6200MM 495mm f/5.5 5時間
2 HyperStar11 294MM(Bin1) 540mm f/1.9 3.3時間
3 拡大比較
PIのみ、BXT NXTは控えめ&公平に処理
明るさは当たり前にHS11の勝ちなんですが、解像度はもう互角と言っていいのではないかと思いますな🤔 pic.twitter.com/9Ec8rscJss
創造の柱アップを3種、左から
— おののきももやす@意識を低く保つ (@tjm8874) 2024年6月10日
6/5 VSD90SS+80PHQ
6/8 151PHQ 2600MM SHO
6/8 EdgeHD1100 6200MC
めっちゃ早口で比較する
・VSDくらい写ればもう良いのでは?と思うものの
・151ではVSDで写らない微光星や構造も写る
・同じ夜に撮影したEdgeHDが僅かに良いが、EdgeHDは取り扱いが大変よね🤔 pic.twitter.com/7WOQVfCaO9
これによると、VixenのVSD90SSとCelestoronのdgeHD1100が解像においてほぼ互角の結果になっています。これも、口径9㎝のVSD90SSがほぼ100%の性能を発揮しているのに対して、25cmのEdgeHDがシーイングの制限を受けて口径通りの分解能を発揮できていないと解釈できそうです。例えばおののきさんの撮影地のシーイングが程度とすると、二つの筒の分解能の差はわずか0.5秒角程度です。
BXTなどのDeconvolutionツールの使用を前提とするとすこし話は変わってくるでしょう。BXTは画像のノイズが小さいほど、強く効果が出て細部の構造が浮かび上がってくるので、それなら口径の大きい鏡筒は、明るさで有利になります。別の言い方をすると、小口径でも露光時間を頑張れば、BXTのプラスアルファで大口径に迫ることができるとも言えそうです。なので、使いまわしの悪い大口径*1を遠征先で振り回すくらいなら、小口径でたくさん撮影したほうが、結果が上になることも十分考えられます。
短秒露光の場合

このグラフは十分な短秒露光(後述)で得られた画像に対し、AOの傾斜補正(星基準の位置合わせをするのと一緒)を行って得られた画像の分解能を示しています。興味深いことに、悪シーイングほど小口径が有利という結果です。短秒露光の定義は場合によりますが、平均的なシーイングなら0.01秒くらいです*2
この結果は、色々妄想が捗るので以下3項目くらい書いてみます
アマチュア向けAOの効果
けっこう以前から、アマチュアでもAOが使用できるようになっています。プロが使うような変形鏡ではなく、あくまで平面鏡ですが、それでも場合によっては十分な効果が見込めそうです。
AOガイドが十分に高速ならば、使用による分解能の向上率は下のグラフのようになります。

例えば平均的なシーイング(緑のライン)を仮定するなら、AOによる分解能の向上は、口径10cm付近で最大になります。残念ながら、口径30cm以上ではAOやってもさほど効果なしの予想です。良シーイング(水色のライン)の空を待つことになります。
しかしながら、悪シーイングではかなりの高速ガイド(おそらく数百Hz以上)が必要になります。アマチュア向けのAOはせいぜい30~50Hzだそうで、足りません。でも少しは良くなるかもしれず、遅いAOでの分解能の向上については、実験あるのみだと思います。やるとしたら20cm以下の口径が良さそうに思います。
また近赤外撮影なら、可視光に比べてフリード長さが2倍くらいになるのでガイドの速度は半分くらいまで遅く出来ます。小口径近赤外AOガイド撮影というのもアリかもしれません。
SPADセンサーへの期待
高速AOガイドが無理なら、短秒露光のラッキーイメージングでいいじゃない。とも言えます。そうするとリードノイズの影響が抑えられるSPADセンサーへの期待が高まります。上の結果を踏まえると、口径13cm程度の長焦点屈折に、小さくてもいいのでSPADセンサーを取り付けて、短秒多数枚で銀河を撮ってみたくなります。
そんな民間向けのSPADセンサーが、現実的な値段で手に入るようになると楽しみです。
惑星撮影との違い
惑星の撮影では、最近ですと1/100秒くらいのフレームレートで撮影されるそうで、まさに図2のグラフの条件と合致します。しかしこのグラフに反して、みなさんの画像を見ていると大口径のほうが良い結果が得られている場合が多い印象です。それはRegistaxやAutostackkert!などのソフトで良画像の選出を行っているからかもしれません。
おわりに
以上の結果、日本で大口径を運用されている方にとっては部分的に残念な内容を含んでいるかもしれません。しかし、ひとたび良シーイングに恵まれれば、小口径を蹴散らす暴力的結果が得られるのが大口径の楽しみです。歩留まりが上がらないのも、天文趣味を長続きさせてくれると思えば、苦になりません(?)。
また一口に「シーイング」とまとめてしまってますが、星像に寄与するのは、上空の大気の乱れだけでなく、設置場所周辺の地形の効果、天文ドーム内外の温度差と気流、筒内気流など様々です。天気の影響はどうにもなりませんが、それ以外は人為的に改善することも可能です。冒頭にあげたyanamodakeさんの観測所も、大口径を活かすためにそういった工夫が最大限こらされていました。
最後に、言い訳がましくて恐縮ですが、上はあくまでアマチュアが机上で行った趣味計算ですので、そのあたりもお含みおきください。